七不思議の秘密
三沢先輩の調査によれば、この高校には『七不思議』と呼ばれる物が存在していないという。
そして黒川先輩によれば、それは『国の教育制度』が関係するというのだが――。
私は、黒川先輩を見つめながら、彼女からの次の言葉を待っていた。
多分、先生や三沢さんもそうだっただろう。
だが、黒川先輩はその発言後黙ってしまった。
不自然な沈黙が場に流れる。
「あれ?」
沈黙していた黒川先輩が私達の視線と、場の雰囲気に気づいて、少し驚いたような声を上げた。
「ひょっとして、話が聞きたい?」
え?
ひょっとして話す気が無かった?
むしろ、その選択の方が無いでしょ?
流れ的に。
私達は同時に小さく頷いていた。
黒川先輩は「需要あるんだ――」と小さく呟いて話し始る。
(だから!需要うんぬんじゃなくて流れだってば!)
「えーとね。私も何処で読んだんだか、聞いたんだかよく覚えていない様な話だから、なんか、そんな程度の話で聞いて欲しいんだけど」
机の上に腕を組み、もたれぎみに座っていた黒川先輩はそう言って話し始めると、少し姿勢を正した。
「学区ってあるじゃない?義務教育の小学校や中学校ってその学校に通学する生徒の学区が決まってて、大体近所の、小さい頃からの友人や先輩達が同じ学校に通うことになるでしょ?
今はそんなでも無いけど、昔はそれこそお爺さんおばあさんの代から同じ地域に住んでてさ、親子共々ずーと同じ学校に通ってたって事も有ったわけ」
黒川先輩は思い出すようにしてゆっくりと話し進める。
「そうするとね、学校に代々伝わる怪談や不思議な話が定着するらしいのよ。なんなら、学校に入学する前から先輩達に教えられて、あの学校にはこんな怖い話があるって覚えるわけ。七不思議は初めからその学校にあるもので、入学してきた生徒達はそれを襲受する。そんな感じかな?それが小学生時の話。中学生になると、ちょっと事情が変わってくる。学校の位置も数も変わる。すると、学区も変化するよね。違う地区の生徒達とも交流する事になる。知らない友達、知らない先輩――そしてそこでは、知らない七不思議が聞かされる。うちの小学校ではこんな七不思議があった――とかね。すると、どうなると思う?」
え?それって――
「噂が混ざる?」
答えるつもりは無かったが、私は自然と呟いていた。
「勘がいいね」
黒川先輩が無表情のままにそう言うと、彼女の口の中でかろんと飴が鳴った。
「七不思議は八不思議になったり、十大不思議になったりする。増えることはあっても、まず減ることは無い。そのうちにどの噂が正当なのかがあやふやになって行く。だから定着し難い」
そう言うと黒川先輩はにやりと笑って続けた。
「もともと『正当』なんて物は存在しない民間伝承みたいな物なんだからね」
黒川先輩はそう言うと、再び机の上で腕を組みもたれかかった。
「あとは解るでしょ?」
黒川先輩の言葉。
誰も答えない。
「え?」
黒川先輩が意外だと言うように顔を上げる。
「解らない?」
面倒くさそうに起き上がり口を開く。
「高校生になれば学区は無くなる。山の向こうや川の向こうから習慣や言葉すら違う『友達』が集まってくる。元の学校にあった物が無い世界。無かった物が有る世界。学校に七つの不思議を定着させることは最早困難。させる意味も無いしね。斯くして学校の七不思議は消滅する」
じゃ、ダメじゃん。
この学校、七不思議が無いのは必然。
高校だもの。
私はそんな相田みつをみたいな事を考えていた。
「ならば、だからこそなのです!これはチャンスです」
三沢先輩がいきなり大きな声を上げた。
「無いならば、新しく探しましょう、見つけましょう!私達で」
何故?今の黒川先輩の話聞いてました?
消滅して当たり前の事例なんですよ。
いや、ハッキリ言って、無い事確定じゃないですか。
無いものを探しても見つかりません。
「何なら、新しく作りましょう」
三沢先輩が晴れ晴れと宣言する。
「先輩――、それって、ねつ造――」
「違います!」
私の言葉に食い気味で三沢先輩が否定する。
「ねつ造とは事実の無いことを、さも事実のように騙ることです。私達は新たに探すのです。そして見つけるのです」
「先輩――。言ってる意味が解りません」
私の言葉に三沢先輩は、待ってましたというように嬉々として話し始めた。
「何も無いという事はあり得ません。無いと思うのです。ただ、誰も気が付かないだけかも知れません。信じようとしないだけかも知れません。それを――」
そう言って三沢先輩は、また胸の前で拳を握った。
「私達が検証するのです!なぜならば!私達はオカルト研究部だからです!」
あ、そういえばそうでした。
「小、中学校の間だけとしても、学校の七不思議というものが存在していたのは事実。ならば、その物事を引き起こす原因となった『物』、或は『事』は何かあるはず。それが、何らかの形になってこの学校にもあるかも知れません。ひょっとしたら、この学校で生まれた、今まで聞いたことも無いような不思議話が独自に存在しているかも知れない。ありえます」
なるほど。
私は思わず頷いていた。
「その調査結果を文化祭で発表。つまり、それがオカルト研究部の最初の実績となるのです。するのです。一泡吹かせるのです」
「へえ――」
松島先生が感心したような声を上げた。
「放課後のだべり場が欲しいだけの部活かと思ったら、ちゃんと考えてるんだ」
先生はそう言って軽く微笑む。
「いいよ、やる気がある奴は大好きだ。暫くその方向で活動してみようか?何か私に手伝える事があったら言ってよ。できる限り手伝うよ」
先生はそう言うと「手加減はしてね」と言って笑った。
「あざます!感謝します」
三沢先輩が深々と頭を下げた。