digressionⅢ
弟は言葉を話し始めた。
弟は自分を認識している。
いままで、何を考えているのかも解らず、しゃべることも出来ずに両親を操ってきた弟が、もしもこのまま、しゃべったり自分の感情や意思を表に出すことが出来るようになったら――。
そうなったら、両親だけでは無い。
自分も操られてしまうかも知れない。
自分の知らぬ間に、自分が自分で無くなってしまうかも知れない。
その思いに、彼女は恐怖したのだ。
どうすればいいのだろう?
この時、彼女の心に一つの感情が芽生えた。
しかし、彼女はその感情を言葉にまとめることが出来ずにいた。
だから、何をすればいいのかが解らなかった。
感情を認識することが出来なかったので、行動に移すことが出来なかった。
とにかく、なんとかしなくてはいけないという気持ちだけはある。
気が付いたとき、彼女は弟をベットから抱き上げ、よろよろとした足取りで家の中をうろつき回っていた。
自分は弟をどうしたいのだろう?
自問し続ける彼女の心はその答えを言葉にしたかった。
いや、言葉にしなくてはいけないと思った。
何を行うにしろ、行ったにしろ、それは両親に話さなくてはいけない。
その時は、両親にキチンと、今の自分の気持ちを伝え無くてはダメだ。
自分を理解して貰う必要がある。
彼女は弟のように両親を操ることが出来ない事は解ってる。
ならば理解して貰うには言葉が必要なのだ。
自分の腕の中で機嫌良く笑いながらもぞもぞと身じろいでいるこの弟を自分はどうしたいのか?
すると、一瞬意識が真っ白になり、全ての思考が飛ばされた。その後に、非常にスッキリした自分の邪念の無い素直な気持ちが自然と彼女の口から言葉になって漏れ出た。
それは。
「いらない――」