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学校怪談は眠らない  作者: カンキリ
明神亜々子に花束を

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28/31

さようなら

 部室の窓の外に人が降っていた。

 いくつものゴミ袋の様な黒や茶色の物体が、大きな音を立てて地面にたたきつけられている。

 淡々と、あまりにも淡々と――。

「しっかりしろ!明神!」

 途切れそうな意識のまま、ふらふらと窓辺に近づいていく私の両肩を、黒川さんが前から掴み、大きく前後に揺り動かしてくれた。

「く、ろ、か、わ。さん」

 はっと、我に返る。

 そのとたん、音がしなくなった。

 人の雨が止まっていた。

 廊下から再び悲鳴が上がる。

 数人の走り回る足音が、波のように聞こえてきたかと思うと、静まりかえる。

 そんなことが繰り返された。

「始めやがった――」

 苦々しげに黒川さんが呟いた。

 始めた?

 一瞬、その意味に迷ったが、すぐに理解した。

 ヒトノモリだ。

 『イラナイノ?』

 ヒトノモリの『お節介な呪い』が始まったのだ。

「とりあえず止まったみたいだな」

 黒川さんが、辺りに視線を配りながら言った。

「みんな、死んじゃったとか――」

 定まらぬ思考の中で、何気ない気持ちで言った一言。

 そのあまりにも軽率な自分の言葉に自分で震えた。

 黒川さんは窓の外を指さす。

 そこには、校庭や花壇の回りを逃げ惑う生徒達の姿があった。

「イッキには殺さない。ヒトノモリの力を強力にするには、この出来事を世の中に伝える人間が必要なハズだ。それに――」

 そう言って、黒川さんは再び私の両肩を掴んだ。

「私らだって生きてるだろ」

 ああ、そうだ。

 私、まだ生きている。

 助かったんだ。

「今日はこれで終わりなのか、それとも又すぐに始まるのか」

 安堵したのもつかの間、黒川さんが凄く怖いことを言いだした。

 あ、でも――。

「黒川さん!ヒトノモリを倒せるって言ってましたよね!」

 黒川さんの飴玉がかろりと鳴った。

「それには、まずヒトノモリを探さなきゃならない」

 えっ。

 そりゃそうか、相手がいないんじゃ手が出せないよね。

 探さなきゃ!

 ん?

 でも、待って。

 ヒトノモリって、どんな格好してるの?

 そもそも、どこに居るの?

 私は、こもごもの思いに信頼と期待を込めて、黒川さんを見つめた。

「そんなキラキラした目で見つめられても、期待には応えられないよ」

 駄目なの?

「まずは、ヒトノモリの手がかりを探そう」

 今から?

 それってかなり絶望的なんじゃ――。

「想定外だ。まさか、こんな方法で仕掛けてくるなんて――。圧倒的に不利な状態なのは間違いない。だけど――やらなきゃ、やられる」

 私の気持ちを見透かしたように、黒川さんが凄んだ声でいった。

「なんとかして、ヒトノモリを引っ張り出す。奴に会うことが奴にとっては自分の弱点を晒すことになるんだ」

「それって――」

 黒川さんからもっと詳しく話を聞こうとしたのだが、彼女は私の手を掴むとそのまま走り出していた。

 廊下に出ると、数人の走ってくる生徒とすれ違ったが、目的があるようには見えず。

 ただ、漠然とした物から逃げ回っていると言った、錯乱に近い感じだったし、そういう必死な表情だった。

「何処に行くんですか!」

 私が喘ぐように叫ぶと、黒川さんは「職員室」と言って速度を上げた。

「とりあえず、先生達と合流しよう」

 ああ、そうだ。

 職員室なら同じ一階だし、ここから一番近い部屋だ。

 先生達と一緒なら、施設や設備の使用制限も無くなるし、私達の知らない手立ても知ってるかも知れない。

 先生達と合流するのはいい方法かも知れなかった。

 途中、エントランスには、脱ぎ捨てられた上履きや、靴、放置された鞄などが散乱し、一時期の騒乱の跡が見て取れた。

 あれ?

 私は違和感を覚えた。

 何かから逃げたような痕跡に見える。

 さっきすれ違った生徒達もそんなだった。

 大量の自殺者案件とは別?

 職員室に着くと、扉が開けっぱなしになっている。

 内を覗く。

 愕然とした。

 誰も居ない。

 人っ子一人いない。

 これだけの事が起こっているんだから、みんな現場に出向いているのかとも思ったが、やけに室内が荒れている。

 書類や本が散乱し、ひっくり返った机まである。

「逃げるぞ――明神」

 黒川さんが一点を見つめてそう言い放つ。

 彼女の凝視する先に視線を移した私は、凍り付いた。

 そこには、肩をゆっくり上下させ眼孔だけの目でコチラを睨む一匹の猿――禍神がいた。

 みんなは、こいつから逃げていたんだ。

「今は、こいつをかまっている暇は無い」

 黒川さんはそう言うと、私の手を強く引いて廊下を駆け出す。

 エントランスまで引き返して、後ろを振り返ると、禍神の姿が無かった。

「禍神――、追いかけてきませんね」

 私の言葉に、黒川さんはその場で止り、後ろを見てひとつ息を吐いた。

「そうか、多分――禍神になったばかりで、指示されたことしか出来ないんだ」

 なったばかり?

「教室や職員室を襲うようにとか指示されたんだろう」

 人の雨が降る前にヒトノモリに呪われた存在で、なったばかり――。

「黒川さん!」

 突然の大声を上げる私に、黒川さんがたじろいだ。

「先生だ!」

 私の声に、一瞬、訝しそうにしていた黒川さんが「あっ」と言って職員室の方を眺める。

「松島先生だ!!」

 私は、確信した。

 あの禍神は、呪われた姿の松島先生だ。

「たすけなきゃ!」

 短い沈黙。

 解っている。

 今更どうにもならない事。

 でも、あのままではあまりに哀れだ、酷すぎる。

「アンタがやってあげな」

 そう言って黒川さんが、口元から紅い飴玉を取り出した。

「その方が先生も喜ぶ――」

 私が頷くと、黒川さんは指で摘まんだ紅い飴玉を私の唇に近づける。

「やり方――解るね?」

 紅い飴玉を咥えた生き物の様に迫ってくる、黒川さんの白く透明感のある指を、私の唇はゆっくりと向かい入れ、その指先と一緒に飴玉を含んだ。

 飴玉を口の中で転がすと、ほんのりとした梅の香りと酸っぱさが広がり、かろりと鳴った。

 私は独りで、ゆっくりと職員室へと戻る。

 入り口から中を覗くと、さっきと同じ場所に禍神がいた。

「先生――」

 呼びかけてみる。

 禍神――いいや、松島先生は反応しなかった。

 一歩、職員室に踏み入れる。

「松島先生ですよね?」

 先生は、ゆっくりと首だけをこちらに向けた。

「イ・ロム・オ・ノ・チィ・ア・フ・コブ」

 先生の裂けた口から言葉の様な物が聞こえた――。

 言葉だとすれば、なんと言っているのだろう?

「先生、私――明神です。解りますか?解りますよね?」

「イ・ロム・オ・ノ・チィ・ア・フ・コブ」

 再び、何事か言葉を発した後、先生はもの凄い早さで、迫ってきた。

 怖い!

「松島先生!」

 恐怖を蹴散らす様に、私は大声で叫んでいた。

 すると、松島先生は私の手前で止まり、光の無い眼孔だけの視線を向ける。

「……ミ」

 先生が何事かを呟いた。

 それは――。

「……ケ……ミ」

 それは、確かに――。

「あ……ケ、ガミ」

 先生が私を呼ぶ声。

「アケガみ!」

「先生!」

 子供の様に小さい先生を、私は覆い被さるようにして抱きしめていた。

 やがて身体を離し、頭を両手で支えると、そのまま唇を重ねる。

 私から逃れようとする先生を押さえ込み、口の中に飴玉を舌で押し込んだ。

 眼孔から流れ出るように溢れる光の粒が、まるで滝のような涙に見えた。

 無数の糸のような光が湯気のように立ち上る。

 先生の身体が、少しずつ透明になって行くのが解る。

 やがて白石さんがそうであったように、蜃気楼のように揺れながら消えて行くのだろう。

「アケガミ――」

 先生が私の名前を呼んだ。

「さようなら――先生」

 私の腕の中で、松島先生は光に変わり溶けていった。

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