digressionⅤ
最初、彼女は病院に収容された。
それは、自分の弟を殺した事が原因であったが、彼女は母親が縊死してしまったことによる周囲の人々の、自分への思いやりであると考えた。
病院の職員達が彼女には心のケアが必要であり、今まさにここではそれが行われているのだと教えてくれたからだ。
そこでの生活は非常に単調な物であったが、たまに質問してくる先生や職員が、彼女の答えを聞いて感情的になったり、情緒不安定になったりするのはとても面白く感じた。
やがて、一年ほどが過ぎた頃。
彼女は、病院の関係者達からまったく相手にされなくなっていた。
厄介者という認識だったかも知れない。
それから、彼女は『施設』と呼ばれる場所に移された。
そこは、自分と同年代くらいから、中学生くらいまでの子供達が共同生活をする場所で、病院よりは自由だし、退屈はしなかった。
だが、何故か仲の良い友達は出来なかった。
必然的に独りで遊ぶ事が多かったが、或る日、彼女の人生が変わる事となる出来事が起こる。
「おねえちゃん――」
その声は、聞こえたにも関わらず、何故か非常に聞き取りにくい物だった。
空耳という表現が近かったかも知れない。
何度か回りを見渡したりもしたが、声の主は見つけられない。
大体、自分を普段おねえちゃんと呼ぶ者はその施設には存在しなかった。
相談しようにも、出来る友達がいない。
施設の職員さんに話してみたが、逆に薄気味悪がられてしまう始末だった。
ふと、思い出す。
実際に呼ばれた事は無かったが、過去に自分をおねえちゃんと呼ぶ事が出来る立場の人間がいたことを。
そうだ、自分には弟が居た。
「おねえちゃん」
耳元で声がした。
「裕也?」
まるで、当然のことのように彼女は弟の名前を呼んでいた。
「おねえちゃん」
姿は見えない。
しかし、今度は確実に声はした。
誰の姿も見えない空間に向かって、弟の名前を呼ぶその姿を見ていた何人かの子供らが彼女に訝しげな視線を向けている。
そんな状況を見て、彼女は何故か心が弾むのを感じていた。




