digressionⅠ
「ノック、ノック、ノック」
深夜、学校のトイレでそんな言葉を呟きながら、個室の扉をコツコツと人差し指で叩く乾いた音が響いた。
「ノック、ノック、ノック」
尚も3回。
呟きと共に扉がコンコンと打たれる。
「はーなこさん」
様子を伺うように少しの間が流れる。
「あっそびましょ――」
そして、また短い沈黙。
「あれ?」
首を傾げた人影が揺れる。
「間違えてないよね」
人影はスマホを立ち上げ、何事かを確認している様だった。
「旧校舎……二階の女子トイレ……奥から三番目の――」
ぼんやりとスマホの灯りに浮かび上がり呟くのは、整った顔立ちの娘。
娘は、ダークブラウンのセーラー服を着た学生らしい出で立ちだった。
「ガセネタか?」
そう言いながらイラついたようにスマホから顔を上げる。
その時――。
「は~い」
トイレの入り口の方から、幼い子供の声がした。
そちらに視線を泳がすと、そこには白いブラウスに赤いスカートを履いたおかっぱ頭の女の子が佇んでいた。
「なんだ……いたんだ」
セーラー服の娘はそう言いながらスマホをスカートのポケットに仕舞った。
そして、何も無い空間に向かってノックする手振りをしながら呟いた。
「ノック、ノック、ノック」
そして間を置いてもう一回。
「ノック」
赤いスカートの女の子は、無反応のまま見つめている。
「はーなこさん」
セーラー服の娘が力強くそう叫ぶと、赤いスカートの女の子の顔が驚愕の表情に変わった。
「はーい」
大勢の子供達の騒がしいまでの返事が返ってくる。
そして、壁の中から、天井から、鏡から……床から――。
ぼこぼこと花子さんが湧き出てきた。