資料室(解決編)
杉山さんと別れ、部室に戻ると三沢さんと、黒川さんもいた。
「遅くなりました――」
変かな?黒川さんもいるのに、そんな風に挨拶するの?
でも、『もう一度必ず顔を出す』って言って出て行ったから、黒川さんも待っててくれたのかも知れないし。
「そろったようだから、始めようか」
黒川さんがそう言うと三沢さんが頷いた。
え?これから何か始めるんですか?
原因者の私が言うのも何ですが、もう、かなり遅い時間ですよ?
「これから、資料室に行くんだけど明神も来て欲しいんだ」
「資料室!」
黒川さんの言葉に、思わず大きな声が出てしまった。
三沢さんは、ただ静かに笑っているところを見ると、黒川さんから、もう何か話は聞いているようだ。
「三沢にも話したんだけど、資料室で最後の調査を行う」
「でも、黒川さん、それってやばいんじゃ――」
確かに松島先生から直接資料室の調査を止めろとは言われてはいない。
だけど、一連の話の流れから考えるに、ヒトノモリや白石さんの自殺――学校の七不思議。
全ての調査を一度リセットしようと言う話ではなかったっけ?
当然、資料室の話だって七不思議絡みの案件なんだから――。
私の顔には、そんな思いが思いっきり出ていたのだと思う。
黒川さんが笑いを堪え気味にして口を開く。
「もちろん、松島先生には了承済み。これが最後だからって拝み倒した」
黒川さんはそう言うと私に顔を近づける――ああ、しあわせ・だ。
かろん。
黒川さんの口の中を転がる飴の音がする。
じゃない!
「黒川さん!近い!近い!」
だが、黒川さんは、そのままの体制で私に語りかけ始めた。
「明神だって、こんな中途半端で放り出したくないだろ?」
それはそうだ。
「で、でも」
私は抗うようにして黒川さんから離れた。
「黒川さん、この前私達が資料室に行ったときから、状況は何も変わっていません。今、行ったところで何も――」
「変わってるよ」
黒川さんがきっぱりと言い切った。
「変わってる。解ったことも、憶測もある。後はそれを実際に調べてみるだけ。それに立ち会ってもらいたい」
解ったこと?私には憶測すら思いつかない。
セルフ・オカ研、オカルトマスターには何か思慮するところがあるというのだろうか?
なんか、そんなテレビ番組の煽り文句みたいなのが頭に浮かぶ。
「それにね――」
黒川さんが私と三沢さんの顔を交互に見ながら言う。
「あなた達に知っておいて欲しいことがあるの」
黒川さんの言葉に、私と三沢さんは顔を見合わせた。
数分後。
私達は資料室の前にいた。
黒川さんが、スカートのポケットから鍵を取り出す。
「松島先生から立ち会おうか?って言われたんだけど――。まだ、他に先生が何人も残ってたからね。他の先生が資料室に来ないように監視してて欲しいってお願いして断った」
見張り役!
それではまるで松島先生が黒川さんの手下のようでは無いですか!
黒川さんらしいと言えばらしいけど。
鍵を開けてドアを開く。
日没にはまだ少し早い時間だったが、部屋の中は薄暗かった。
黒川さんに続くようにして、私と三沢さんも中に入る。
「ドアを閉めて」
黒川さんが振り向く事無く静かに言った。
私がドアまで戻り、しっかりとドアを閉じる。
廊下からの明かりを失い、部屋の内が一段と暗さを増す。
三沢さんが、灯りのスイッチを探り操作する。
一瞬後、部屋は白い光で満たされた。
「灯り――消して」
再び黒川さんの声。
三沢さんが「えっ?」と短く声を出し、戸惑うような数秒の間を置いて、灯りが消えた。
黒川さんが振り向く。
その顔には戸惑いにも見える微笑みが浮かんでいた。
「これから起こる事を、黙って見ていて欲しい。何か聞きたいことがあれば、後で全部答えるから」
そう言って、一つ大きな息を吐く。
「とにかく、見て。疑うこと無く。それが全てだから――」
私には、黒川さんの言ってることは全然解らなかった。
薄暗い中で浮かび上がる三沢さんの表情も、冷めた感じだったから、多分私と同じだったのだろう。
あちこちにゆっくり視線を走らせていた黒川さんが突然口を開く。
「白石君、白石正樹」
え――。
白石正樹って――自殺した男子。
「いるんでしょ?白石正樹。たすけてあげるよ」
助ける?いや、だって――。
隣の三沢さんを見ると、驚愕した顔をして固まってる。
かろん。と、飴が黒川さんの口の中を転がる音がした。
暗がりのスチールラックの間から、何かが動く気配がする。
ゆっくりとうねるようにしてコチラに向かってる。
……手だ。
と言うより、腕?
土気色に変色した、とても人間の物とは思えない細い腕が、暗闇の中から何かを求めるように、コチラに向かって突き出されている。
黒川さんは、その腕に近づいていったかと思うと指先に触れた。
「何が有ったか言える?」
黒川さんが優しく問う。
暫く、沈黙が続くが返事は無い。
「そう――解らないの――」
黒川さんが後ろに下がると、それに連られるように腕は前に伸びてきて、やがて、頭が見えてきた。
続いて、身体――。
思わず息を飲む。
その姿は――猿のミイラ。
そういう表現が一番近いだろう。
小さな子供ほどの背丈で、骨ばった身体に毛の無い猿の剥製。
そんな物が、暗がりの中から現れ出て、黒川さんに近づいていく。
見た目には干物の様な、そのバケモノの動作はやけに円滑で、普通の猿と大差が無いように思えた。
私達は、叫ぶことも動くことも出来ない状態で立ち尽くし、ただその光景に釘付けになっていた。
やがて、黒川さんは、そいつの前でかがみ込むと、口の中から飴を取りだして、バケモノの顔の前に差し出した。
バケモノには表情らしき物は無かったが、その動作は落ち着き無く、そわそわしており、明らかに差し出された飴を懐疑し、恐れているのが見て取れた。
「だめか――」
そう言った黒川さんは飴を口に戻したかと思うと、いきなり、そのバケモノに抱きつき!
あ、あろう事か!
口づけを――く、くくくくくくく喰らわせた。
わ、わ、私は――いったい、いったい何を――。
……見せられて。
次の瞬間。
バケモノの身体からは、無数の糸のような光が湯気のように立ち上り、天井に溜まり出した。
部屋の中が、ゆらゆらと明るくなる中、バケモノは少しずつ透明になっていき、やがて蜃気楼のように揺れながら消えていった。
天井に溜まった光達も染みこむように溶けていき、部屋はの中は、また、元のように薄暗さを取り戻す。
「さあ、質問を受け付けようじゃあ無いか!」
黒川さんが私達の方へ向き直り、そう言って、今まで無いほどに晴れやかに笑った。
黒川さんの口元からは、飴の転がる音はもう――していなかった。