セルフでオカ研
杉山さんの教室を探すのには少々手間どった。
よく考えてみたら三年だとは聞いていたがクラスは聞いていない。
黒川さんが2組だったので、それ以外である事は間違いなかった。
3組の教室を恐る恐る覗き込んだとき、ぐったりと机にのめっている杉山さんを見つけた。
「杉山さん!」
教室の入り口から声を掛ける。
杉山さんは机に伏せたまま、海獣のようにのっそりとコチラに顔を向けた。
「おお――」
小さく声を上げて上体を上げる。
「オカ研のメガネじゃん。どした?」
杉山さんがそう言って手招きした。
その言葉に従ってしまえば、私がオカ研のメガネを認めたことになり、そのままあだ名として定着してしまうのは非常に不本意ではあったが、今はそんなこと言ってられる場合では無い。
しぶしぶ従って杉山さんの正面に立つ。
杉山さんは私を見上げるようにしてへらりと笑った。
「いやー、ソシャゲの春フェスが今日から始まってさ、ガチャに課金し過ぎちゃって。我ながら――クズっぷりにイジケてたとこなんだわ」
心底どーでもいい話題。
ホントどうでもいい。
なのに、そのどうでもいい話題が、凄くうれしくて。
涙があふれそうになる。
いや、だめだ。
ほんの一粒、涙がこぼれた。
「ヴぁ……うう――うぇ、うぇぇぇぇ。ずきぃやぅまざん!」
言葉にならないうれしさが嗚咽になって涙とともにあふれ出る。
なんて、かっこ悪いんだろう。
そして――なんて心地いいのだろう。
杉山さんの表情がみるみるうちに、驚愕のそれになる。
「ど、どうした!メガネ!腹でも痛いのか?」
なんか、凄く心配してくれている。
立ち上がって頭をなでてくれる。
そんな杉山さんに対して、私の口から無意識に出た言葉は――。
「メガネじゃあぁなあぃいいい」
私は自分が思う以上にプライドの高い女らしかった。
杉山さんの自席の脇に座らされた私は、半べそを掻きながら、私が聞いた三沢さんに関する噂を話した。
私の頭を撫でながら、話を聞いていた杉山さんはふうんと一息つくと、腕を組んだ。
「そんな話聞いたこと無いなぁ」
聞いたことが無い?
「多分、極々内輪で流れた中傷っぽい噂か、ガセだろうね。だってさぁ――」
杉山さんは私の顔を覗き込んだ。
「だって、三沢捕まってないじゃん」
え?――あ!
私の表情が変わったのを見て、杉山さんが続けた。
「ね?それだけの話があったら、三沢、警察に捕まってるだろ。日本の警察かなり優秀だよ?」
「あー」
なるほど、言われてみればそのとおり。
噂の中には、三沢さんが犯行を隠蔽したような話は何も無い。
話がホントだったらとっくに捕まってるよね?
「私も調べてあげるけどさ、なんなら、三沢に直接聞いてみたら?」
「はい?」
「捕まってないんだからさ、殺してないって事だよ。中傷だったらさ、本人、嫌な思いしてんだろうから。一番詳しく知ってんじゃ無い?」
「あ、そうか――そうですよね」
私が一番やっちゃいけないと思っていた事が一番正しい解決方法だったのかも。
「あーでも――」
杉山さんは何事か考えるように私から視線を外した。
「中傷だとしたらさ、思い出したくない事もあるかもだし、少し様子見てからの方がいいかもね」
そう言って、ポニーテールを揺らしながら、再び私に視線を合わせた。
第一印象より、意外に繊細な話をする人なんだな、杉山さん。
その後、私は杉山さんとラインの交換をした。
その最中に、ひとつ気になることを思い出し、尋ねてみる。
「杉山さん、ひとついいですか?」
「んー?」
杉山さんは、スマホの画面を確認しつつ返事をする。
「ちょっと気になることがあって――。杉山さん、この前部室から帰るときに、黒川さんに『ホントに黒川か?』って言ってたじゃ無いですか。あれ、どうゆう意味ですか?」
「どうゆう意味って――そのまんまの意味だよ」
杉山さんは、素っ気なく答えた。
「?」
私が考えあぐねて黙っていると、それに気づいたように私を見る。
「うーんとね」
杉山さんは少し考えるようにして話し出す。
「私、黒川と同じクラスになったこと無いし、普段も付き合ってるグループが違うから、そんなによく知ってる間柄じゃ無いんだけどさ。黒川ってさ、そんな私でもそれなりに知ってるくらいの割と有名人なのよ」
杉山さんは、そう言うと「変人って意味でね」と言って笑った。
「とにかく心霊、オカルトとかそんな話が大好きでさ」
あ、やっぱりそうなんだ。
「独りで廃墟に行ったり、都市伝説みたいな話の検証してみたり――」
「検証――ですか?」
「あっ、私も詳しくは知らないんだけどね。そんなことをしてるって噂は良く聞く」
黒川さん。
なんか、あんまりその気が無いのにオカ研に入ったようなことを言ってたけど、独りでオカ研やってたんだ。
いや、独りでやれてたからオカ研にあまり興味沸かな無かった?
「と、言うくらいには有名人」
なるほど。
私は黙って頷いた。
「そんで、学校で起こった噂話とか大好物なのよ。むしろ、そういう話の詳細が知りたければ彼女に聞いた方がいいってくらい。情報の収集力がパない」
そう言うと、杉山さんの表情が少し険しくなった。
「なのにおかしいよね?ヒトノモリを知らなかったり、あれだけ大騒ぎになった男子の自殺話を知らないって言ってみたり。絶対嘘でしょ?最初はさ、後輩の前で猫被ってんのかな?とか、思ったんだけど、そうする必要ないよね?だから、何か私が気に障ること言って、わざとふてくされた態度取ってるのかとか――。でも、話が聞きたいって言ってきたのは黒川からだし、何があったにせよ、そんな態度取られる謂われは無いし。」
そこまで言って、やっと表情を崩す。
「だからさ、最後に何か言い返したくなって言った」
『アンタホントに黒川?』
話を聞いてみれば、至極当然だと思われた。
私達の前で猫を被る、と言う見解は一番しっくりくると思う。
だが、それはつまり本来の自分を私達に見せない。
隠し事が有るという事だ。
黒川さんは、『そのときになったら』自分のやりたいことを教えてくれると私に言った。
それまでは、自分の今までを私達に内緒にしなくてはならない何かがあるという事なのだろうか?