ヒトコワ
「どんな話なのかな?」
私が尋ねると、深山さんは一度回りを見渡して、人気が無いことを確認した。
なんだか、妙に慎重だ。
というか、大袈裟感?さっきのお辞儀といい、芝居がかった行動が多い。
「去年の一年生。つまり、今年の二年生ね。その間での噂。自殺した男子――白石君って言う子なんだけど、その白石君が猛アタック掛けてた女の子がいたらしいのよ」
「自殺する前に好きな子が出来たって話は聞いたけど――」
「たぶんその娘。でもね、相手の女子はまったく、まったく、まーったくその気が無くって、もの凄くウザがってたんだって」
……ウザい?
白石がウザい?
それって、ヒトノモリへの書き込みじゃない!
「それでもね、めげずにアタック掛けてたらしいんだけど、夏休みが明けてすぐの頃、その女子から手紙をもらったらしいのよ」
「手紙?」
「そう、ラインでもメールでも無く手紙。まあ、ラインとかは交換してなかったから送れなかったのは解るんだけど、イントラでメールなら送れるじゃ無い?それを、わざわざ手紙。わざわざ手書きで」
秘密保持?にしては逆に公開とか簡単にされそうだよね。
一体何のため?
「どんな内容だったか知ってる?」
私が尋ねると、深山さんは大きく2度頷いた。
「2人で会えないか?今後の事について話し合いたいって事だったらしいよ」
「うわー、最後通告?」
深山さんが頷いた。
「みんなもそう思ったらしいんだけどさ、白石君はもの凄く喜んじゃって。絶対自分の気持ちを伝えて解ってもらうんだって」
あれ?ひょっとして――。
「その呼び出されたのが資料室とか?」
それしか無いよね?
「それは――今もわかんないらしいのよね。彼も邪魔されるのが嫌だったらしくて、場所も日時も教えてくれなかったんだって。ただ、呼び出されたって話だけ。でもさ、その後に起こった事を考えれば――って事だよね」
深山さんの言葉に私は頷いていた。
呼び出された場所は資料室。
日時はアレの起こった日。
ん?まって、と言う事は――自殺じゃなくて――。
て、いうか、『ヒトコワ』って――まさか。
「白石君、資料室に呼び出されて、その娘に突き落とされたんじゃ無いかって」
うわ、いきなりストレート。
普通に事件じゃん。
人殺しじゃん。
いや、だけど――。
「なんか、凄い話なのは理解したけど、それ、怪談でも不思議な話でも無いよね?」
何の報告なの?何で私に?
「鈍い!」
突然、深山さんの声が大きくなった。
「その女子って言うのが、アンタんとこの三沢秋なのよ!」
遠くで昼休み終了のチャイムが溶けた音色になって聞こえた。
どうやって教室に帰ったかぼんやりしている。
午後の授業はいつ終わったかも覚えていない。
気が付いたら、人気の無い教室の自席に座り、窓の外をみていた。
そんな事ってあるの?
三沢さんが人を殺した?
確認したいし、相談したい。
誰に?何を?
まさか、三沢さん本人に確認する訳にもいかないよね。
黒川さんに相談するだけならいいだろうか?
でも、黒川さん。
白石さんの件は何も知らないって言ってたしなぁ。
相談されても困るか――。
部活どうしようか?
……。
行きたくないなぁ。
結局、昨日の今日でもあるし、先生が部室に顔を出しているかも知れないと考えて、部室に向かった。
次から次へと矢継ぎ早だよう。
気持ちも理解も付いて行かない。
部室の引き戸を開けると、中には三沢さんが独りでいて、何やら机に座って作業をしていた。
なんでも無い風景なのに、それがとてもいけない事をしているのを見ているような気分になり、身体が金縛りみたいに硬直し、その場に立ち尽くしてしまった。
「どうした、明神?顔色悪いぞ。具合でも悪いのか?大丈夫ですか」
作業していた三沢さんが、部室の入り口で固まっている私を見てそう言った。
「あ、いえ――三沢さんがいると思わなかったんで、びっくりして――」
私が言うと、三沢さんは壁に掛かっている時計をちらり見た。
「そう?そうでしょうか?いつもより、もう随分時間経ってるよ。過ぎてます」
うん、確かに。
私はそれ以上答えずに、三沢さんの脇まで歩いて行くと、机の上を覗き込んだ。
「何をやってたんですか?」
すると、彼女は私に愉しそうな笑顔を向けた。
「フィールドワークの計画を立ててた。立ててみていました」
フィールドワーク?
そういえば、最初の顔合わせの時にそんな話をしていたような記憶がある。
「フィールドワークって何をやるんですか?」
私、すっかり興味津々です。
「簡単に言ってしまうと、心霊スポット探訪です」
心霊スポットを探訪?
なんかまた、物騒な単語が来た。
「世間でお化けが出たとか、怪異が有ったとかと有名になっているスポットに出向き、真相を探る。そうするのです。」
あ、なんか配信で見たことあるやつかな?
「世間で騒がれている心霊スポットは、人が殺されたとか殺したとかの噂が謂われとなってたりするんだけど、じつはそんな事件全く記録に無いと言う所も多い。そうなのです」
へえー、そうなんだ。
「なので、現地に赴き、現地の記録と現地の言葉を直接調査して真実を知らしめす。探求するのです」
「あのう――」
「何ですか?」
「それは、あら探しになりませんか?」
私がそう尋ねると、三沢さんは静かに目を瞑って大きく息を吐いた。
「違います」
そう言って目を開けるとキラキラした視線で私を見る。
「ぜんぜん違います!そこで審議を重ねるのです。ほとんどの噂は噂の域を出ない物でしょう。しかし、必ずや本物はあります。本物を見つけ出すのです」
「お、おう?」
なんか、多分凄い。
凄いような気がしてきた。
「それに――」
三沢さんが優しく微笑む。
「きっと、愉しいですよ、フィールドワーク。みんなで、知らない土地に旅行して、ご飯食べて、たまにはキャンプしたりして――」
「わあ、いいですね」
三沢さんや黒川さん、松島先生達とキャンプ。
考えただけでわくわくする。
「最初は近場に日帰りからです。そうしましょう。でも、夏休みくらいには松島先生に引率してもらって合宿がてら、お泊まり旅行。なんてどう?いかがでしょう?」
「いいですねぇ!」
先生にはいい迷惑だろうけど――。
ふと、思考が止まる。
こんな幸せな時間が偽りであるはずが無い。
三沢さんが人を殺したなんてあり得ない。
だれか!だれか!だれか!
ワタシノコトバヲキイテクダサイ。
もう、三沢さんに直接聞くしか――。
「あっ!」
思わず声が出る。
そうだ、相談できる人がいた。
「どうしました明神、何かありましたか?」
三沢さんが顔を向ける。
「三沢さん、ちょっと出てきます。遅い時間になっても、帰りにはもう一度必ず顔出しますから」
三沢さんは黙って頷く。
私は、部室を飛び出していた。
まだ、帰らずにいてくれてるだろうか?
いや、おねがいです。
いてください。
杉山先輩!