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学校怪談は眠らない  作者: カンキリ
明神亜々子と時計じかけの学校怪談
11/31

バディGO!

 次の日の放課後。

 私と黒川さんは美術室の前に立っていた。

「失礼します――」

 そう言いながら、恐る恐る美術室の引き戸を開ける。

 一瞬、中で作業をしている5人程度の美術部員男女のなごやかな会話が止まり、視線が私達2人に注がれた。

 窓から差し込む夕陽に部員達の姿が煤けたように黒く浮かび上がり、コチラに向けられた視線がやけにてらてらと感じられる。

「ああ、待ってた、待ってた」

 窓際で椅子に座っていた松島先生がこちらに向かって手を振っている。

 松島先生は、以前会った時のような春っぽくかわいらしいワンピース姿では無く、赤いジャージのズボンと白のTシャツに緑のワークエプロン姿だった。

 多分、それが先生の仕事着なのだろう。

「今日は石橋先生の代わりなんだわ」

 松島先生は私達に近づいて来ながらそう言った。

 何が?とは思ったがそれ以上の追求はしなかった。

 知ったところで意味が無いと思ったし、話が長くなるのも嫌だったし。

 私達にとって、今大切だった事は、美術室に入室できる事と松島先生が居てくれる事。

「それじゃ、早速いいですか?」

 黒川さんが愛想無くそう言って、先生に近づいていく。

「準備室だよね?」

 昨日の部活中に、突然やる気を出した黒川さんを止める者は誰もおらず。

 と、言うより止める意味も無いし、理由も無いし。

 私は黒川さんとバディとなって調査を開始することになった。。

 なんか、あれこれ段取り組まされたり手続きとかやらされる事になるのかと覚悟していたのだが、今日の部活開始までの間に、黒川さんが先生への手回しや、資料室と美術準備室の使用許可を申請してくれていた。

 とはいえ、美術準備室はその名の通り美術の授業に使う備品および消耗品の備蓄室だ。

 使用は禁止と言う事で、見学の名目で調査を許可してもらう事となった。

 最初、禁止の話が出た際に、『見学』と言う機転を利かせてくれたのは松島先生なのだそうだ。

 早速ありがたい。

 ただし、見学の際は職員が付き添う事と言う条件付き。

 なので、松島先生にオカルト研究部顧問として、おいで願ったという次第なのだが、考えてみれば、もともと松島先生は美術の先生だった。

 美術準備室の場所は、美術室内から出入りする仕切られた個室。

 古河の話によれば、この準備室内に飾れている茶色い粘土で作られた手の置物が資料室に移動していたと言う事だった。

 なので、その現物をまず確認しようという事になった。

 実は、私が今回の三沢さんの行動において腑に落ちないことの一つがここにあった。

 美術準備室の位置だ。

 いや、正しくは美術室の配置。

 多目的教室と廊下を挟んだ反対側が美術室なのだ。

 つまり、部室の目と鼻の先なのである。

 こんなに手の付けやすい場所に検証すべき案件があるというのに、三沢さんは見向きもしなかった。

 というか、存在や価値すら無いように振る舞っているように見えたのは、考え過ぎなのだろうか?

 その事に関して三沢さんとしては「自分の目の前にある案件を自分がやらずに人にやってくれとは何だか頼みずらかった、自主的に動いてくれるなら頼みます」とは言っていた。

 性格的に自分で背負い込むタイプなのかも知れない。

 一生懸命さが半端じゃ無い感有るものね。

 今後の活動の仕方としては、三沢さんに事務的な事を一通りやってもらって、現場は私と黒川さんとで検証して回る――という感じがいいのかもとか勝手に考えたりする。

 もしも黒川さんが許してくれるならばと言う話だけれど。

「どうぞ!お入りください」

 松島先生が、おどけた調子でそう言うと、美術室奥の真っ白な壁に切り込みを入れたように設えつけられたドアの、ノブを回して反対側の部屋に押し込む。

 美術室の壁がそこだけ切り取られたように開いた入り口からは、準備室の窓から差し込む、夕陽の赤い光が零れる空間が誘うように口を開けた。

 私は黒川さんに続くようにして準備室の中へと進む。

「さっき先に入って探してみたんだけど、これのことかなぁ」

 松島先生が後から入ってくるなり、スタスタと私達を追い越して、奥に設置してある先生の背丈ほどあるスチールラックの一つに近づき、中間ほどの棚に置かれた作品を指さした。

 そこには、人間の手首から上の造形物が無造作に置いてあった。

 それは多分、針金の様な物で芯を作り、土粘土を貼り付けて作られた物だと思われ、何も無い空間の何かを掴もうとしている様なポーズを取っている。

 大きさは、実物の人間のそれ位だが粘土が乾いてそうなったのか、もともとその様に作られた物なのか、ミイラのようにガリガリの印象を受ける。

 仕上げも、マネキンのように綺麗な造形はしていなくて、荒々しく粘土を貼り付けた跡や擦った跡がそのまま残る、まさにザ・美術らしいと言った造形の作品だった。

 多分、これで間違いないと思う。

 だって、こんな物、同じ物がいくつもあるはず無いし。

「これ――なんなんですか?」

 私が粘土の手をしみじみと見つめながら松島先生に質問する。

「モデル――、って話だけど――」

 松島先生はそう言うとゆっくり続けた。

「数年前まで石橋先生の美術の時間で、粘土でこんな手首を作らせていたんだって。この作品はね、その時にお手本として先生が作った物。授業で作った粘土細工は、終わってから数ヶ月美術室に展示して、その後生徒に持って帰らせてたんだけど、そのうちに、持って帰ってくれない作品が準備室に溢れてきちゃって、仕方が無いから、一旦粘土の授業を中止して、溜まった作品を処分。だけど、またそのうちに授業でやろうと思って先生の作品は残しておいたんだってさ」

 そう言って松島先生は苦笑いする。

「そしたら、再開の目処を立て忘れて、ずるずると――」

 今に至るという事らしい。

「だとすると――」

 黒川さんが口を開いた。

「だとすると、因縁じみた事は何も無いと言う事ですよね」

 黒川さんの言葉に松島先生は笑って頷いた。

「なんか、不思議話があるんじゃ無いかって事だったけど、一般高校教師が見本用に作った凡作だからねぇ。思いや魂とかは込って無いと思うよ」

 うーん。確かに考えづらい。

 そうは思ったが、もう一つ確認しなければならないことがある事を思い出す。

「先生、この作品が資料室に運び込まれたって事はあったんでしょうか?」

 私がそう問うと、松島先生は人差し指で額を掻きながら答えた。

「石橋先生も、私に聞かれるまでずっと忘れてたって言ってたから準備室から移動した事は無いんじゃ無いかなぁ。なんなら確認してみるけど」

 うん。それは是非とも確認して欲しいと思った。

 それは黒川さんも同じだったようで、二人で先生にお願いした後、私達は次の検証場所である『資料室』へと向かうことにした。

「了解、了解。鍵は開けておいたから、後は頼んじゃっていい?」



 資料室は新館3階。

 1年生と2年生の教室がある2階を挟んで、多目的教室の真上の位置にある。

 と、解ってはいたが、黒川先輩が不案内な私に気を遣い、先に立って先導してくれる格好で廊下を進む。

 2階、3階へと階段を上り、資料室が見えてきたところで、私はふと、気になることをを思いつき黒川さんに尋ねてみた。

「黒川さん」

 私が声を掛けると、黒川さんは立ち止まり、私の方を振り返った。

「黒川さんは、どうしてオカルト研究部を創ったんですか?」

 素朴な疑問だった。

 べつに今聞く必要も無い、それどころか、ずっと聞かなくてもいいような話だったかも知れない。

 ただ、黒川さんの後ろを黙々と付いて行くだけの、この状況の間が持たなかったのだ。

 三沢さん以上に付き合いが無いし。

 だから勿論、話題なんて何も無いし。

「部を創ったのは私じゃ無いよ」

 私の問いに、黒川さんはそう答えると、前を向き歩き始めた。

「え?」

 ある程度、どんな答えがあっても驚かない心構えはあったつもりだったが、さすがにちょっと狼狽えた私が居た。

 オカルト研究部は黒川さんが創ったんじゃ無い?

 部長なのに?

 あれ?

 ひょっとして、部になる前の同好会って、結構前から活動してたとか?

「私は雇われ部長だから」

 黒川さんが、何やら訳のわからない事を言い出していた。

「同好会を起ち上げたのは三沢だよ」

「え?」

 再び声が出た。

 それでもおかしくない雰囲気はあるけど、なんかビックリした。

「三沢が1年生の時にね。それまでは無かった」

 資料室の前に立った黒川さんは、そう言いながら部屋のドアを明けて、少し覗き込むような動作をした後、部屋なかに入る。

 資料室の内は、入った正面に割と大きめの曇りガラスがはめ込まれた窓があり、思っていたよりもずっと明るかった。

 美術準備室にあったのと同じタイプのスチール・ラックが窓のある壁以外に貼り付くように配置され、そこに、製本された学校の年表っぽい物や、黒表紙で閉じられた地図や図面、大小のダンボール箱などが、まとまりを欠いて並べられている。

「どの辺にあったんでしょうね、粘土の手」

 部屋の中を見渡しながら、私がそう言うと黒川さんは入り口の前まで下がり、そこから部屋の中を見渡した。

「わかんないね。多分、美術準備室みたいにラックに飾ってあったんだろうけど」

 黒川さんはそう言って一つ息をつくと「とりあえずそれらしい物が無いか探してみようか」と言ってラックの上の荷物を調べ始めた。

 私もその言葉に従い、黒川さんが調べている反対側からラックを調べ始めた。

 部屋の中は教室の半分も無い広さだったので、2人で全てを見て回るのはそんなに時間はかからなかった。

「無いですねぇ」

 私がそれでも未練がましくごそごそと荷物を動かしながら言うと、とっくに諦めたように部屋の真ん中で腕を組んでいた黒川さんが頷いた。

「見間違える様な物も無さそうだしね」

「そうですねぇ」

 私は同意して、黒川さんに近づく。

 と、黒川さんの表情に違和感。

「どうかしましたか?」

 黒川さんは私の声でふと我に返ったように反応する。

「この部屋――普段は鍵がかかってるんだよね」

 そうだ、松島先生が鍵を開けておくって言ってたのを私は思い出していた。

「何か気になることでもありますか?」

 私が尋ね返すと、少し表情を和らげ、黒川さんが応えた。

「いや――、ちょっと納得いかないんだよね」

「?」

 黒川さんは、ほんの一瞬何かを考えていたようだったが、誰に聞かせる風でも無く、虚空を見つめて話し出した。

「怪異の体験者はこの部屋のドアが開いているのを見つけた。10分後ほどに再び部屋の前を通ったら、まだ開いたままになっていたので気になって覗いてみたって話だったと思うけど」

「そうですね」

 私が相づちを打つ。

「おかしくない?」

「?」

 何処が?

「この部屋には普段鍵がかかってる」

 あれ?2回言った――。

 大切な事なのかな?

「だったら――、ドアが開いているって事は、鍵を開けた人物がいるよ。つまり、中で作業している人がいる可能性が高いって事」

「言われてみれば――」

「そんな部屋を覗くかな?」

 確かに、どんなに気になったとしても人が居ると解っている部屋をわざわざ覗くだろうか?先生がいることだって有るだろうに。

「普段出入り自由だけど、入る機会が無くて、入ったことが無いというなら、たまたま開いているのを見つけて興味本位でこっそり覗いてみる――っていう状況。有るだろうけど」

「……えっ?話が嘘ってことですか?」

「そこまで言って無い。ただ、そのまんまだとなんか齟齬があるような気がする。もともとの話が友達の友達から聞いた話だしね。色々と思い込みはあると思う」

 そう言って黒川さんはパンパンと両手を合わせてホコリを払った。

「すぐには結果は出そうに無いけど、引き続き調査継続という事で。何か新しい情報がポストに来るかも知れない」

 黒川さんはそのまま部屋の外へと出た。

 ちょっと後ろ髪は引かれたが、私もそれに続く。

 外に出た私達は松島先生に調査が終了した事を報告するため、美術室に向かった。

 その際私は、さっき途中になってしまった話題を再び黒川さんに振ってみた。

「さっき言ってた、黒川さんが雇われ部長ってどういうことですか?」

 黒川さんは、私の問いに振り返ることも無く歩きながら答えた。

「私が部長なのは、3年生だから。その方が後から2年や3年の部員が入ってきたときに統率が取りやすいからって事で三沢に頼まれた。実質、部のオーナーは三沢だよ。私も軽い気持ちで引き受けたんだ」

 そう言って振り向き微笑んだ。

「まさかホントに部に昇格するとは思わなかったし」

 黒川さんの顔が本当に困ったような顔だったので、思わず私も笑ってしまった。

 あれ?でも、そうすると――。

「黒川さんはなんでオカルト同好会に入ったんですか?」

 私が尋ねると、黒川さんは少しの間沈黙し、私と並んで歩き出した。

「アンタがそれ言うか?」

 と言って笑う。

「ちょっとね。調べたいことがあった。仲間がいてくれればいいかなって」

「……調べたい事ってオカルト的な?」

 とてもそんな関係には興味がなさそうな雰囲気の人だけど。

 あ、でも色々知ってるから興味はあるのか。

「まあね」

 えー、凄く気になる。

「どんな事ですか?」

 黒川さんは、何か言いかけたようだったが、「そのときになったらね」と言って遠い目をしたのだった。

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