怪談を集めよう
「募集?」
三沢先輩がちょっと考えた風に呟いた。
翌日の放課後、再び多目的教室にて。
私はホワイトボードを背にして、机を間にし三沢先輩と向かい合って座っている。
本日、黒川先輩はお休みだ。
「そうなんですよ。とりあえず、そうやって噂だけでも集めないと。雲を掴むような話になっちゃうじゃ無いですか」
私(達)は、大切なことを忘れていた。
調査しようにも、誰一人として対象になるこの学校の七不思議を知らないのだ。
だって、無いんだから。
なので、私は一つの提案を起こしていた。
それは、不思議話を全校へ募集しましょうという事。
この学校で生まれた、今まで聞いたことも無いような不思議話が独自に存在しているかも知れない。
三沢先輩はそんな話を探し出すような事を言っていたけど、そんなレアな話なら、なおのこと、私達だけで探し出すのは至難の業だろう。
少数部員のうちの部は、フットワークが軽くなるとは言っていたが、こんな場合はどちらかと言えば人海戦術が正しいと思う。
全校生徒を『人海』にしてしまうのだ。
これ以上の戦力は無いだろう。
ただ、三沢先輩が賛成してくれるかどうかは正直自信が無かった。
先輩にしてみれば、全部自分達でやりたいと言う気持ちがあるのでは無いかと思っていたからだ。
そんな勢いが彼女には有ったし、感じられた。
なんか、それほどに彼女の言葉や行動からは、本気が感じられた。
が、彼女の口から出た言葉は意外なものだった。
「いいね、それ」
第一関門突破だ。ちょっとうれしい。
「後は、部長に許可してもらえば――」
「ああ、大丈夫だよ」
私の言葉を遮るように三島先輩が口を挟む。
「部長は大丈夫」
「なんで――」
と、問いかけて、私は口を閉じた。
三沢先輩が大丈夫だというのだから、きっと大丈夫なんだろう。
「恥ずかしながら、気が付かなかった」
そう言いながら三沢先輩が頭を掻いた。
「ちょっと焦りすぎた感じだね。聞き込みとかして、全部自分達でやるつもりだった」
照れくさそうに笑う。
やっぱり。
とはいえ、私も最初はそう思っていた。
じつは――。
「先輩、じつは私、もう話を一つ見つけたんです」
今日の休み時間、同じクラスの古河詠子に、あの昼休みの騒動から始まった顛末を話していた際、彼女が突然、自分も学校の怪談を知っていると言い出したのだ。
「聞きたい?」
勿論と答えると、彼女は何故か誇らしげにセミロングの髪を揺らしながら話し始めた。
古河詠子の話
これは、私の知り合いの3年生が先輩から聞いた話なんだけどね。
1階美術準備室に飾ってある作品で、先輩の入学当初からある茶色い粘土で作られた手の置物が不気味で、その教室に入るたびに興味をひかれていたんだって。
3年生になってある日の昼休み、3階資料室の前を通りがかったら扉が少し開いていた。
そのまま素通りして10分ほどしてから戻ってきたら、同じ状態で開いたままなのに気付き、 興味がわいたので隙間からこっそり中を覗いてみた。
そしたら薄暗い室内の奥の棚に、美術準備室に置かれているはずの手の置物があった。
それまでこの学校にいて、あの置物が動かされたのを見た事がなかったので、なぜこんな所にと、得体の知れない恐怖にかられ、慌ててその場を離れた。
その日の下校時に外の窓から図画工作室を確認してみると、その手はいつも通りそこにあった。
それから、社会の授業で使った資料を戻すため資料室に入る機会があったけど、手の置物はそこになかった。
あの隙間から見た手はなんだったんだろうか。
古河の話はそんな感じだった。
なんか、何だか良くわからないところが学校の怪談ぽくていいなと思った。
「その話を聞いて、私、ひょっとしたら――いや、絶対、他にもこういう話を知っている人が居るんじゃ無いかって思ったんです」
「……資料室か」
三沢先輩はぼんやりするようにそう呟いた。
「先輩?」
声を掛けてみると、三沢先輩は、はっとしたようにコチラを向いて笑う。
「それで、募集ね。いいんじゃ無い。とってもいい。きっともっといいのがたくさん集まるよ」
……もっといい?
「この話はだめですか?」
気に入らなかったのかな?
「いや、ダメじゃ無いけど。うんいいよ。いいと思う。でも調べてみないとね。実証性に乏しいというか、その人だけ、その時だけの現象かも。継続性が無いと七不思議として定着しないと思う。そうならないよね」
なんとなく納得。
なんか、凄い難しい事なんだと思った。
思っていたよりも凄いことをやろうとしているのかも知れないなぁ。
私達。
不思議話募集のチラシは、翌日迄に三沢先輩の手によって早速作成され、その日の昼休みには、全学級、職員室、事務員さんに至るまで、思いつく限りの関係者に配られた。
相変わらずもの凄い行動力だ。
噂によると、校長先生にも直接配布したと聞いたが、真偽のほどは定かで無い。
共感性羞恥が怖くて聞けない。
だが多分、三沢先輩の日頃の行いから見て、ホントの事だろう。
自分の部の事なのに――。
部員の活動内容を噂で知ることになるなんて――。
しかも真偽を確認する事が怖いとか――。
終わってるな――私。
部員としても、後輩としても。
黒川先輩に私がチラシの件を事後承諾に行った時には、先輩も最早そのことを噂と教室に配られたチラシの現物を見て知っており、結局、報告する意味があったのだろうかと言う結果になってしまったが、事が決まってからまだ半日も経っていない間の出来事だという事を考えれば、私が悪いわけでは無いと思う。
当の黒川先輩は、私からの経過報告を受けた後、あまり関心の無い感じで「いいんじゃない」と一言答えただけだった。
まあ、三沢先輩は間違っていなかったと言う反応ではあったのだが、あんまりあっさりし過ぎていたので、最初は怒っているのでは無いかとも思ったし、今でもそれは完全には否定できない。
のだが――。
考えないことにした。
その日の放課後には、三沢先輩がどこからか見つけて来た、いかにも手作りといった風なベニヤ板にニス塗りの記事投稿用ポストが多目的教室前廊下の壁に取り付けられた。
その脇には、『不思議な話大募集中!オカルト研究部』とマジックで書かれた模造紙が画鋲止めしている。
気が付くといつの間にか次の事態へと状況が進んでいく。
あまりの手際の良さに、ただただ驚愕した。
ただ一つ、何だか引っかかる事があった。
古河詠子から蒐集された案件である。
三沢先輩は、まるで忘れてしまったかの様にそのことに対しての話題をまったく振ってこないのだ。
一日のうちに、もの凄い行動を、それも独りでこなしてしまったことを考えれば、確かにそれどころでは無いと言う事でも有るのだろうが。
それにしたって、いや、そんな三沢先輩だからこそ。
何かアクションがあって然るべきだと思う。
私だって居るんだし。
これではまるで部活では無くて三沢先輩の個人研究室だ。
「先輩」
私は、部室の机に向かい合って座り、何やら黒川先輩と世間話をしている三沢先輩に声を掛けた――、つもりだった。
先輩達が2人ともコチラを振り向く。
あ、そうか。
先輩じゃワカランか。
「私?」
三沢先輩が自分を指さして応えた。
私が頷く前に三沢先輩が話し出す。
「そういえばさ、なんか堅苦しいから、先輩付けで呼ばなくていいよ。そうして下さい」
三沢先輩はそう言うと「ねぇ?」と言って黒川先輩に同意を求めた。
黒川先輩は無言で小さく頷く。
「あ、じゃあ三沢さん、黒川さんで呼ばせてもらいます」
私がそう言うと、三沢Se……さんは不満げな顔をした。
「えー、もっとカワイイ名前で呼んで欲しいな」
「そう言うのイイですから。三沢さん」
きっぱり言い切る。
「じゃ、あたしは明神って呼ぶね。そうしますね」
三沢さんはそう言った後「ああちゃんの方がいいかな?」と言ってにこにこ笑った。
「絶対嫌です」
と強く否定させていただいた。
『ああちゃん』とか――三沢さんの事だから、街の中で出会ったら、悪気無く大声で呼ばれそうだ。
「三沢さん、例の――」
「古河さんの話?」
私が言い終わらないうちに三沢さんが言った。
黙って頷く。
気づいてくれたって事は、気にはしてくれているって事なんだろうか。
とりあえず確認してみる事にした。
「募集した投書が来るのだって時間がかかるだろうし、それまでの間にでも調査始めませんか?」
「そうだねぇ」
三沢さんは、ちょっと渋るように眉をひそめた。
「少し投書が集まるのを待って、その内容を確認、検討して、無駄の無いような調査がしたいと思ってるんだけど。そうしたいんですけど」
まあ、三沢さんの言いたいことも判らないわけでは無い。
だけど、なんか違和感がある。
知り合ってそんなに――、というかまったくと言って良いほどの間柄なお付き合いではあるのだけれど、私の中での三沢さん像は、考えるより行動。
選択よりも総当たり――というイメージだ。
「それに――」
三沢さんが続けた。
「まだちょっと、準備したいこともあるし」
そういう所なんだよなぁ。
私がしらけるとこ。
三沢さんが、全部自分でやろうとするところ。
面白くなってくると、全部やっちゃうんだもの。
それほど私が頼りないと思われてるって事なんだろうし、実際、実力不足である事は否めない自分がいる。
だから強くは言えないんだけど。
「なに?なに?」
珍しく黒川さんが話に絡んできた。
そういえば、黒川さんには古河から聞いた怪談の内容を話していなかった。
いや、話す機会が無かった。
私は、改めて黒川さんに古河詠子から聞いた話をして、早く調査を始めたいと自分が思っている事を伝えた。
「おもしろそうじゃん」
何が黒川さんの琴線に触れたのか。
微笑みながら小首を傾げた。
「私と明神でやってみる?」