2-4 夏祭り
年に一度、奥湊で行われる夏のイベントが始まった。
島中のほぼ全員が集まり、中央広場で歌ったり踊ったり酒を酌み交わしている。
少子高齢化の影響を受け、島民全員が集まるイベントは年々減ってしまっているが、俺たち地元民にとってこれに参加するのは当たり前の行事になっているから出ない選択肢はなかった。
先に準備を終えた俺と星司がラグーナの玄関で女子たちを待つ。
しばらくして浴衣を着た二人がやってきた。
色違いの巾着バッグを手に持った二人に目を奪われた。
爽やかな淡い赤の飾音と煌びやかな濃い紫のえなか。
長い髪を後ろで結ぶ彼女たちの大人びた雰囲気に思わず見惚れてしまう。
茜空に照らされる彼女たちはとても婀娜っぽくもおしとやかに見えた。
横にいた星司が「二人とも似合ってる」とさらりと言うと、「ありがとう」「嬉しい」と言って笑顔を見せた。
「ハルの意見も聞きたいな」
伏し目がちに瞬きをしながらそう言う飾音が俺の意見を求めてきた。
普段褒めない人を褒めるというのはどうも照れくさい。
「いいと思う」
自分なりの精一杯の褒め言葉だった。
俯きながら下唇を甘噛みして照れ隠しをしている様子に見えた。
背中に映る朱い空と彼女の赤い浴衣が共鳴してよく見えなかったが、耳が紅く染まっているように見えた。
飾音に関しては毎年見ているはずなのに今年は妙にしおらしく感じる。
「私はどう?」
「えなかもいいと思う」
「ありがとう」
今日は二人ともいつもと雰囲気が違う気がする。
浴衣を着ているからか?
ラグーナから広場に向かう。
前を歩く二人を見て横にいた星司がぼそっと呟く。
「友遼、飾音ちゃんのネイル褒めてあげた方がいいぞ」
「ん?」
星司の言っている意味がわからなかった。
「今日のためにネイルしてる」
真面目な飾音は生徒会長という立場もあって、普段あまり着飾ったりしない。そんな彼女が淡いピンクに染めていた。
そのまま足元に目を向けると、浴衣に合わせて赤いネイルをしていた。
去年も一昨年もそんなのしてなかった気がするんだがよく覚えていない。
「気づかなかったのか?」
「うん、まったく」
「去年も一昨年もしてたぞ」
毎日一緒にいる相手の小さな変化に気づくやつなんているのか?
「それから元宮のヘアピンも」
お団子にしているえなかの髪飾り。
花の形をしたそれは浴衣に合わせたのか、それとも浴衣を合わせたのかはわからないが、少なくともはじめて見るものだと星司は言う。
普段から髪を下ろしている彼女が髪を上げているところを見たことがない。
ネットで投稿しているときも三つ編みやハーフアップは見たことがあるがそれとは違う。
もしかしたら今日のために用意していたのだろうか。
いずれにしても細かいところに気づく。
こういうところが親友のモテるところなのか。
屋台が立ち並ぶ道を歩いていると、観光で来ていた外国人たちが射的で楽しむ姿を見て地元民の火がついた。
「おっちゃん、今年もいただいてくから」
「手加減してくれよ。友遼が本気出したら商売にならん」
これでも射的には自信があり、毎年欲しい景品を取っていくから店のおっちゃんには悪い意味で覚えられている。
おっちゃんもなかなか撃ち落とせないように少しずつ重くしているそうだが、俺はそんなものには屈さずにゲットしている。
誰かに教えてもらったわけでもなく、小さい時から毎年やっていたらコツをつかんだ。
「ハルってこれだけは上手だよね」
「『だけ』は余計だ」
射的以外にも得意なものはある。
輪投げだって得意だし、実はなぞなぞも得意で、日によって波はあるが直感が当たることだ。
女性の方が感情豊かで直感が当たると言われているが、不思議とこうだと思ったものが当たる。
これに関してはできるだけ隠すように意識している。
もし口に出したらその能力が飛んでいってしまう気がしているから。
「飾音、なんか欲しいのあるか?」
「えっ?いいの?」
「毎年そうしてるじゃんか」
俺は狙った的を撃ち落とせればそれでいい。
「じゃあ、あれ」
飾音が指差したのは漫画やアニメで女子や子供から人気のある小さくてかわいいやつのキーホルダー。
「楽勝だ。任せとけ」
腕まくりをして銃口を的に向かって構える。
チャンスは三回。
狙いを定めて引き金を引く。
パコンと命中し的が揺れたが落ちなかった。
くそ、おっさん去年より重くしやがったな。
悔しいので前屈みになってもう一度狙う。
先ほどよりも集中し肩の力を抜いて引き金を引くと、的がパタンと落ちた。
「友遼くんすごい!」
えなかが小さく拍手しながら褒めてくれて少し照れくさかった。
「今年も取りやがったか」
おっちゃんがそれ言っちゃダメだろ。
その小さくてかわいいやつを飾音に渡す。
「ありがとう。大事にする」
瞳をキラキラさせながら乙女みたいなリアクションをしたのを見てかわいいと思った。
「飾音、やけに嬉しそうじゃん」
「だって本当に取ってくれたから」
「来年も取ってやる」
「うん」
ライトに照らされていたから思い違いかもしれないが、頬が少し紅くなっているように見えたのは俺だけだろうか。
「えなかは何か欲しいのあるか?」
「ううん、私は大丈夫」
「でももう一発残ってるし」
「本当に大丈夫」
笑顔でそう言う彼女はどこか無理しているというか誰かに気を遣っているそんな感じだった。
「ねぇ、ともはる。私あれほしい」
ギャラリーで見に来ていた知り合いの小さな女の子がおねだりしてきた。
その子が指差したのは袋に入ったお菓子セット。
さっきより的は少し大きいが落とせなくはない。
「ともはるー、僕も同じのほしい」
横にいた男の子も便乗してきたが弾は一発しかない。
「おっちゃん、あの一回り大きいの落としたらこの子たちにあげてくれ」
本来の的より一回り大きいものを落としたら特別に二個あげていいか交渉した。
「それはかまわないが、チャンスは一回だぞ?」
「俺を誰だと思ってるんだ。百発百中のスナイパー・ハルの名は伊達じゃないところを見せてやる」
「なんだよそのださい異名は」
「誰からも呼ばれてないでしょ」
二人して食い気味にツッコまないでくれ。
一発勝負。
子供たちの熱い視線を感じながら俺のプライドが全面に出る。
ふぅ〜っと深呼吸して目標の的に目がけて引き金を引く。
弾が真っ直ぐに飛んでいき、的がパタンと倒れた。
「わーありがとう!」
「ともはるかっこいい!」
お菓子を握りしめた子供たちはとても嬉しそうだ。
久しぶりに思い通りに行った俺は快哉を叫んだ。
「今後は俺のことを神様として崇めていいぞ」
「子供たちに変なこと言うなって」
「ハルが神だったら世界がめちゃくちゃになっちゃうし」
だから二人してツッコまないでくれ。
その姿を見ながらえなかが手で口を抑えながらふふふと笑っている。
その後俺たちは屋台のある道を何度も往復しながら何を食べようか決めかねていた。
チョコバナナやベビーカステラといった甘いものも美味しそうだし、たこ焼きやフランクフルトも捨てがたい。
なかなか決まらなかったので綾子の店に行くことにした。
ラグーナ・ブリリアも毎年参加していて今年は焼きそばを出すことになった。
奥湊の屋台の場所は公平を期してくじ引きで行われる。
今年は例年よりも場所が悪く、メイン通りから外れた場所に出店となった。
ただ、そんなことは関係ないくらい綾子の人気は高く、焼きそばを食べるという名目で彼女に会いにくる近所のおっちゃんたちがたくさんいる。
人見知りの芽乃ちゃんは看板娘というわけにはいかず、裏でルカと遊んでいる。
俺たちは買い出しやテントの設置などオープン前の準備を手伝ったが、当日は手伝わなくていいから夏祭りを精一杯楽しみなさいと言ってくれた。
綾子の優しさに感謝しながらみんなで焼きそばを買う。
毎年買いにくる米屋のおっちゃんや工務店のおっちゃん、農家を営むおじいちゃんなど毎年同じ顔が並んでいた。
綾子はうまいこと遇らいながら次々に流れていき、あっという間に行列はなくなった。
「綾子さん、焼きそばください」
「あら、二人ともすごく綺麗」
「ありがとうございます」
「綾子さんに褒められると嬉しいです」
三人のやりとりは上っ面なものではなく気持ちのこもっているものだとわかった。
えなかはここに来てまだ間もないが、コミュ力が高く気遣いもできるからすぐにみんなと仲良くなった。
「綾子、忙しくなったら手伝うから言ってくれ」
「そのときは星司くんにお願いするわ」
「なんでだよ」
「友遼だとお会計間違えそうだから」
失礼な。
「言っとくがそれは星司も一緒だぞ」
親友に負けるのは顔だけにしたい。
「一緒にすんなよ。友遼よりは算数得意だ」
「俺は九九が全部言えるぞ」
「どんぐりの背くらべじゃん」
飾音のツッコミで不毛なやりとりが終わると、道を少し外れたところにある小さな公園に座って焼きそばを食べる。
今日の綾子は機嫌がいいのかお茶もサービスしてくれた。
奥湊ですごすはじめての夏祭りが楽しかったのか、えなかは終始笑顔だった。
そろそろ花火が打ち上がる時間。
その前にトイレに行ったえなか。
すぐ後に「片付けてくる」と言って食べ終わったプラスチックや箸を持っていく星司。
飾音と二人きりになった。
毎年すごしているはずなのに今年の飾音はいつもと違う。
なんだかおしとやかで普段の気の強さはない。
何を話そうかなんて考えたこともないのに、この静まった空気に呑まれそうになる。
「ハルはさ、もなちゃんのことどう思う?」
なんだよ急に。
「もなちゃん肌きれいだしかわいいし、足長いし出るとこ出てるし、優しくて穏やかで落ち着いてて」
えなかを褒めちぎっているはずのにその表情はどこか不安そうだった。
「ハルはああいうおしとやかでほんわかした子がいいんでしょ?」
えなかにえなかの魅力があって、飾音には飾音の魅力がある。
何がいいとか言われてもよくわからない。
「俺は飾音もえなかも好きだぞ」
そう言って横目に見たらムッとしていた。
「そういう意味じゃなくて」
どういう意味だ?
飾音とは昔から一緒にいるし、いまさら嫌いになる理由がない。
えなかとはまだ日が浅いが真っ直ぐで気の利く人だということはわかる。
だから尊敬の意味もこめて好きだ。
「ハルって本当……」
なんだよ。
気になるから途中でやめないでくれ。
しばらく沈黙があった。
夏の夜空に吹いた風は少し冷たく、一瞬身体を震わせる。
どことなく気まずい空気が流れるなか、草むらのそばでガサガサという音がした。
目を凝らすと緑色の細長いのが動いている。
「ぶわっ!バッタ!」
ビビりすぎて変な声が出た。
それを見て飾音がくすくすと笑っている。
「ハルって本当虫嫌いだね」
楽しそうに言うな。
無理なものは無理なんだ。
何かを思い出した様子の飾音。
「あのときのこと覚えてる?」
あれはたしか小学四年生ごろだった。
限られたお小遣いを握り締め、夏休みに飾音と二人で街を歩いていた。
島を出てはじめて行った街。船酔いはしないのに人酔いをしたのをよく覚えている。
ここの人たちは同じ東京都民でも俺たち離島の人間とは見ている世界が違う。
高層ビルやタワーマンションが競い合うように並び、誰もが知っているカフェやファストフード、コンビニが至るところにあり、電車やタクシー、電動バイクにデリバリーの人たちなどいろいろなものが忙しなく動いている。
正直こわさもあったが憧れもあった。
幼いころ親に連れていってもらったときの景色とそう変わらないはずなのに、年とともに目に映るものが違って見えた。
ファミレスでごはんを食べた後、おしゃれなカフェの前まで行ったがビビって入れなくなって結局ゲーセンで遊んだ。
ファミレスやゲーセンでの時間が楽しすぎてフェリーの最終に乗り遅れて帰ってこられなくなった。
カラオケに行こうにもお金がないし、スマホの電池もなかったのでマップを開けないまま夜の街を彷徨っていた。
歩き疲れて公園で休んでいると、見たことのない大量の虫が目の前を飛んできて変な声が出てしまい、飾音がくすくすと笑った。
ずっと重い空気だったが一瞬だけ疲れが取れた気がする。
この日に限って夜は寒く、外にいたら風邪を引いてしまうので、暖を取れる場所を探し歩く。
街灯や自動販売機の光があるとはいえ、知らない街の夜はすごくこわくて、びゅんびゅん走る車やバイクの音に酔っ払った学生たちの笑い声がさらに恐怖心を煽った。
飾音を見ると少し震えていた。
最初は風邪を引いたのかと思ったが、見知らぬ街で朝まですごさなければいけない恐怖と俺を遊びに誘ったのにフェリーの時間を見誤ったことに対する後悔の念から目には泪が浮かんでいた。
だからしっかりしようと思った。
しばらく歩き、たまたま見つけたファストフード店で朝まで時間を潰そうとしたとき、状況を知ったカズさんが船を出して迎えに来てくれて家に帰れた。
「あのときのハル、すごく頼もしかったよ」
「あんなに泪目だったらそうするしかないだろ」
「だってこわかったんだもん」
「でも楽しかったな」
「うん。また二人で行こうよ」
「おう」
「約束だよ」
嬉しそうに唇を噛み締めた飾音。
小学生のときといまでは同じ街並みでもまた見える景色が違うのかもしれない。
二人が戻ってくると、四人並んで花火を見る。
高々と打ち上がった花火に時間と心を奪われた。