4-1 ♡ 一歩踏み出す勇気を
夏休みも終盤、私は友遼くんを遊園地に誘った。
大好きな白い服を着たいけれど、今年はとくに暑くて少し歩くだけで汗が出てきてムレるからなかなか着たい服が着られない。
でも彼の反応が見たくて少し肌が見える服を選んだ。
今日はいつもよりちょっぴり冷える予報だったから彼は長袖を着ている。
フェリーでは隣同士に座っていたし、少し緊張していたからあまり意識して見ていなかったけれど、ランチのとき向かいに座る彼は一度目を合わせたと思ったら二の腕を見たり、首元を見たと思ったらその下も見てきた。
忙しなく動く瞳を見るたび男の子なんだなって思った。
久しぶりの遊園地なのか、彼は次から次へと乗り物に乗っては子供のようにはしゃいでいる。
デートのはずなのに一人テンションが上がっている彼に一瞬びっくりしたけれど、毎回乗り終わる度に嬉しそうに感想を言ってくる姿がだんだんかわいく思えてきた。
ジェットコースターに乗ることを提案されたけれど、絶叫系が苦手な私は彼が乗り終わるのを待つことにした。
すると、数人の人たちが私に気づいた様子でチラ見したりスマホをこちらに向けている。
さすがに声をかけられることはなかったけれど、あまり目立つわけにはいかなかったので帽子を目深にかぶり、彼にメッセージだけ送って隠れるようにトイレに向かう。
もしここで声をかけられたらまた彼に迷惑がかかっちゃう。
トイレでメイクを整えていると彼から連絡が来ていたので合流する。
ひと通り楽しんだ様子の彼は暑いのか腕まくりをしている。露わになる血管と指先に目がいきドキッとした。
何度か隣を歩いていたけれど、彼の手を見るたび男の子の手だなって思う。
少し細くて長い指、日に焼けていてたくましいその手を一瞥するたび鼓動が早くなる。
いきなり手を繋いだら嫌われちゃうかな?なんて妄想する自分にちょっと引いた。
いつも私から誘っているからデートって思っているのは私だけかもしれないし。
私のことどう思っているのか気にならないといえば嘘になる。
飾音ちゃんと二人のときはどんな感じなんだろう?
いっぱい笑うのかな?
ヤキモチとか妬いたりするのかな?
そんなことを考えていると、「疲れたし休憩しようぜ」と提案された。
カフェでコーヒーを飲みながら彼がアトラクションの感想を楽しそうに話している。
この人、子供できたら自分の子よりも楽しみそうだなんて想像してみる。
「ってかもうこんな時間だけど大丈夫なのか?」
「どういうこと?」
「撮影しなくていいのか?」
やけに私のこと撮っていると思ったらそういうことか。ポーズとかアングルとかすごく気にしていたし、いつもよりおしゃれしてきたからそれが嬉しくてたくさん撮ってくれていると思っていたのにちょっぴり悲しい気持ちになった。
撮影はしばらく中止することを伝えた。
奥湊でもできる案件ばかりだし企業にも事情は伝えている。
正直言うと、この前の件がまだこわくてたまに蘇ってきてしまう。
私を守るために彼が危険な目に遭ったらカメラマンとか言ってる場合じゃなくなってしまう。
それを伝えると、「そうなんや」となぜか関西弁で返してきた。
その表情が少し寂しそうに見えたのは私の勘違い?
外に出るとポツポツと雨が降ってきた。
風も吹いているし、さすがに傘を差していないと濡れてしまう。
持っていた折りたたみ傘を差そうとカバンから取り出すと、すっと視界が暗くなった。
彼が持っていた傘を私に向け濡れないようにしてくれた。
「ありがとう」
相合傘なんてはじめての経験。
いまどんな顔をしているんだろう。
気になって横目で見てみたけれど、彼は何も言わず前を見ている。
その横顔はいつもよりも大人っぽく、色っぽくてドキドキした。
恥ずかしすぎて直視できない気持ちを落ち着かせるためトイレに行った。
深呼吸してメイクを整え合流すると、彼はスマホをいじりながらケタケタ笑っていた。
緊張しているのは私だけ?
でもいっか。
陽も落ちてきて園内がライトアップされる。
仕事帰りのサラリーマンやOLが駅に向かって歩いている中、私たちは観覧車に乗った。
今日は大事な日。
観覧車が一番上に行ったとき、彼に気持ちを伝えると決めていた。
少しずつ列が減っていく。
観覧車に乗ると、街の夜景を見ながら子供のようにはしゃいでいる。
私は彼のこういうところが好きなのかもしれない。
無邪気でまっすぐでかわいい彼。
徐々に上に向かっていく観覧車。
なんだが心臓がドキドキしてきた。
しばらくして天上に着くと、ふぅ〜っと一息ついて呼吸を整える。
「ねぇ、友遼くん」
「ん?」
「好き」
えっと言いながら突然のことで彼は戸惑っている。
当たり前だよね、まだ出会って日が浅いし、まさか告白されるなんて思っていなかったものね。
「私ね、友遼くんのこと好きなの」
何をどうしたら良いのかわからない様子の彼はあたふたしていて少しかわいかった。
「でも返事はいらないから。私が気持ちを伝えたいだけなの」
もし良い答えが帰ってきたらきっと飾音ちゃんとの関係が悪くなっちゃうし。
ただ、いま気持ち伝えておかないと卒業までずるずる行っちゃうし、このモヤモヤしたまますごすのはイヤ。
相手は幼馴染で何年も前から彼のことを知っている。
それでもこの気持ちに気づいてしまった以上、止めることはできない。
嫌いになれたらいいって思ったこともあった。
あのとき助けてもらったのは彼が私とつながるために仕組んだことなんてひどいことも考えた。
でも彼はそんな人じゃない。
ちょっとやんちゃだけれど、嘘をついたり人を欺くような人じゃない。
奥湊が大好きでまっすぐで友達想いな人って知っている。
そんな彼が好き。
「ありがとう、俺……」
期待しちゃうからそれ以上言わないで。
彼の気持ちはまだ知りたくない。
付き合いたいっていう気持ちいまは胸の奥にしまっているから。
お仕事もあるし、もう少し奥湊での生活を楽しみたいから。
だからこれでいいの。
いまはこれで。
♪
二人が遊園地に出かけた。
それはべつにいいの。
いまにはじまったことじゃないし、私は彼の彼女じゃないから。
でもこの気持ちはどこにぶつければいい?
昔からあいつの隣はずっと私だった。
何をするにしてもいつも一緒で、あいつの左隣は私の指定席だと思っていた。
相手が悪すぎるよ。
あんなに可愛くて素直で良い子なんだもの。
それに比べて私は素直になれなくて強がってばっかり。
男の子はみんな、もなちゃんみたいな子が好きなことを知っている。
だから彼に振り向いてもらおうと色々真似してみたり、あいつの好きな髪型にしてみたり。
それでも全然気づいてくれなかった。
少しでも星司くんくらいの気遣いがあればいいのに、あいつってばふざけてばかりで私のこと女子として見てくれない。
もし告白とかして付き合っていたらどうしよう。
夏休みが終わったら転校してくるし、一緒に登校して一緒に帰ってきたりするのかな。
もしかしたら放課後教室に残ってイチャイチャしたりして。
そうなったら一緒に住むのしんどいよ。
「ハル、明日行きたいカフェがあるんだけど空いてる?」
うかうかしていられない。そう思ってメッセージを飛ばすとすぐに既読がつき、「おう」と言った後にオッケーというスタンプが返ってきた。
いつからだろう。
ハルをデートに誘うときに緊張するようになったのは。
いつもオッケーしてくれることが多いのはあっちがデートだなんて思ってないからだと思うけれど、それでも私はあいつと一緒にいたい。
もなちゃんがラグーナに来てからハルの部屋に行く機会が減った。
なんとなく忌憚している自分がいる。
だから明日のデートはいつも以上に特別なものにしたい。
-翌朝、フェリーに乗って街に出た。
駅に着くや否やハルが改札で大きな声を出した。
「飾音、腹減った。メシ食おうぜ」
恥ずかしいからやめてよ。
田舎者みたいじゃない。
でも今日の私は気分が良いから大人の接し方ができる。
「何食べたい?」
「そうだな、牛丼かカツ丼か天丼」
全部丼ものじゃん。
「私まだそんなお腹空いてないから軽めのがいいな」
「俺は腹減ってる」
わがまま。
相変わらず子供みたいなことを言う。
仕方ないから付き合ってあげることにした。
牛丼の並を頼んだけれど案の定半分しか食べられなかった。
「ハル、残り食べて」
「おう」と二つ返事し、あっという間に平らげた。
少し早めのお昼ごはんを食べたので、信号を渡った向かいにあるベーカリーカフェに向かった。
まだ午前中だというのに行列ができていた。
店内の様子を見たハルが呟く。
「ここ女子女子しすぎじゃね?」
「女子女子って何よ」
「俺以外みんな女子じゃん」
「そういうの気にするんだね」
「そりゃあな」
店内を見渡すと九割以上女子で男性は数人のスタッフと外国人だけ。
ハルはなんだか落ち着かないようでキョロキョロしている。
「お店入るのやめる?」
「飾音が行きたかった店なんだろ?」
正直どこでもよかった。
ハルといられるならそれで。
「せっかく来たし入ろうぜ」
「うん」
ここは商品をトレイではなくお皿に乗せて会計をするシステムのようだ。
私がお皿を持ち、ハルがトングを持って二人で品定めする。
正直どれを選んでも後悔しそう。
選びきれないくらい全部美味しそうだから。
「私たちってカップルに見えてるのかな?」
精一杯の勇気を振り絞ってみた。
うんって言ってくれたら嬉しいな。
意識してくれていたら嬉しいな。
きっとハルのことだからテキトーに流して終わるだろうけれど。
「うん、見えてると思う」
パンを見ながらだったけれど答えてくれた。
この人ってたまに意表を突いてくる。
嬉しいのがバレないよう口を噤んだ。
余韻に浸ったまま空いている席に座り、何枚か写真を撮った後レモンソーダを飲むと、ハルが私のパンを勝手に食べた。
「ねぇそれ私の」
「飾音ってセンスいいだろ?いつも美味そうに見えるんだよな」
枕詞つければいいってことじゃないんだけれど。
「これ美味い」
そう言って半分だけ食べられた。
なんか言いくるめられた気がしてムカついた。
でも待って、これ間接キスじゃ?
いや、落ち着け。小さいころからやってきたことじゃん。
何をいまさら意識しているのよ。
「飾音」
「なに?」
目が合うと、一口サイズのパンを私の口に入れてきた。
強引な『あーん』を堂々と人前でやるハルに心臓の鼓動が早くなる。
普通はムカついて殴るところなのに今日はなんだか単純な私。
耳が熱くていま見られたらドキドキしているのバレちゃう。
素直に喜びたいけれどできなかった。
「ちょっと、喉に詰まったらどうすんのよ」
「そのときは全力で背中さすってやる」
「ハルの場合、『さする』じゃなくて『こする』になりそう。力加減わかんなくて服燃えちゃうんじゃない?」
「どんだけこすり倒すんだよ」
素直になれない自分が本当にイヤだった。
でもこの時間が楽しくて他の誰にもあげたくなかった。
やっぱり誰かにハルを取られるのはイヤ。
据え膳食わぬは男の恥。
きっとこの人にはこんな言葉通じない。
でも焦らずにいこう。
いつか彼の横を私が手に入れられればそれで。
小腹を満たした私たちはしばらくそこでだらだらした。
その後、べつの街の商業施設に入り、涼を取りながら気になったところに入っていった。
「これ良くね?」
ブレスレットを試着しこちらに見せてくる彼の腕をまじまじと見ると、いつの間にかこんなに大人になっていたことに驚いた。
血管が浮き出ていて指も長くて色気もあって。
小さいころはそんなに変わらなかったのに、いまでは私の手を包み込んでくれるくらいの大きさになっている。
大人になったハルの手ってどんなだろう。
あったかいのかな?
いきなりぎゅって握ったらどんな反応するのかな?
そんなことを考えながらも平然を保つため心の中で深呼吸して他のお店も見て回っていると、向かいから20代前半くらいの大人の女性が二人歩いてきた。
どちらもハルと同じくらいの身長で165〜170センチくらいはある。
一人は茶色く染めた短い髪にジーンズ姿のボーイッシュな人だったけれどどこか色気があった。
もう一人はロングワンピースを着た髪の長い女性で少し肩が見えていてボディーラインがくっきり見えている。
ハルはそのワンピースの人をじろじろと見ていた。
「ヘンタイ」
「なんだよ」
「じろじろ見すぎ」
「いいだろべつに」
「あの人、ちょっともなちゃんに似てたね」
「そうか?」
背が高くて髪が長くてスタイルがいい。
それでいてほんわかした雰囲気はもなちゃんにそっくり。
「ハルってああいう人が好きなの?」
「嫌いな男はいないと思うぞ」
やっぱりそうなんだ。
でも私にはあんな服着られない。
あれは背が高くてスタイルいい人が着てこそなの。
私の身長とスタイルで肌なんて見せたら幻滅されちゃう。
角を曲がるとパンツスーツ姿の女性が前を歩いてきた。
ボブヘアーで身長は私と同じくらいだけれど、すごく大人っぽいその人は20代前半くらいの綺麗な人でイヤフォンをしながら誰かと会話している。
「ハルは大きいお尻した人が好きなんだ」
「そんなことは言ってねぇ」
「いまじろじろ見てたじゃん」
「俺が昔から尻フェチなの知ってんだろ?」
いや、知らないし。
ってかそういうのよく恥ずかしげもなく言えるわね。
「昔、俺の部屋にあった雑誌の表紙見て不機嫌になってたじゃん」
ラグーナに住む前、よくハルの実家に遊びに行っては一緒にゲームをしたり動画を観ていた。
漫画好きなハルの部屋に置いてあった一冊の雑誌の表紙を飾っていたグラビアの女の子は、大きくてぷりっとしたお尻を売りにしている子で、ビーチを背景に撮った振り向きざまの爽やかな笑顔とお尻を強調した水着姿は正直羨ましいの一言。
当時ハルは連載されている漫画を読むためにその雑誌を買っていて、読み終わったら綺麗に重ねていた。
翌週もその次も買っていたのにその雑誌だけは一番上から更新されることなく目に映るところに置いてあった。
きっとその子がタイプでいつでも見られるようにしたかったんだと思うけれど、当時それが気持ち悪くて冷たい視線を浴びせたことがある。
意外と根に持っていたことにびっくりした。
私は綾子さんやもなちゃんと比べて出るところが出ていない。
だから色気とは無縁。
男の人はみんな大きい胸とくびれ、大きいお尻のアニメみたいな女性が好きなことくらい彼氏のいたことない私にだってわかる。
でも好きな人が私とかけ離れているのはなんだかもどかしい。というか歯がゆくてイライラする。
「この欲求不満ヘンタイ男」
「なんとでも言え」
「もし私があの人みたいにスーツの似合う大人な女性になったら嬉しい?」
嬉しいって言ってよ。そしたら頑張るから。
「そうだな」
何その空返事。
せっかく勇気出して言ったのにムカつく。
「もう少し星司くんみたいに繊細な女心のわかる人になったらいいんだけどな」
言ってすぐに後悔する。
こんなこと言われても傷つけてしまうだけ。
素直にごめんを言う前に彼からの冷たい言葉が全身に浴びせられる。
「だったら星司と付き合えばいいじゃん」
少し不機嫌そうな彼の表情に心がズキズキした。
好きな気持ちに気づいてほしいなんて贅沢言わない。
ただ振り向いてほしいだけなのに。
誰よりもかわいいって思ってほしいだけなのに。
女の子として見てほしいだけなのに。
素直になれない自分に自己嫌悪。