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3-3

**


その後、何度か足を運んできてはルカを渡すよう交渉してくるUWLの人たちだったが、俺たちの意見は変わらないし、島内会長にもやつらは詐欺グループだから決して応じないようにと伝えている。

ラグーナに来て以降、彼女が一人きりにならないよう常にキルケアや芽乃ちゃんにそばにいてもらっていた。

俺たちが不在にしている間、何度か芽乃ちゃんと近くを散歩に行くことはあったが、そのときも必ずキルケアがいてくれた。

彼は俺たちの前以外では言葉が通じないことになっているが、通常の猫に比べて賢く視力も人間より良いため、人の顔をきちんと識別できるらしい。

ただ、警戒心は他の猫と変わらず強く、とくにルカに対してはまるでSPのように命懸けで守ろうとする。

そんなある日の夜、突如ルカとキルケアがいなくなった。

朝になっても一階に降りて来ないので、心配で飾音が見に行ったがそこには誰もいなかった。

事情を知っているのは芽乃ちゃんだけなので、彼女に事情を訊くことに。

深夜二時ごろ、喉が渇いたので冷蔵庫からお茶を取り出そうとしたとき二階でガサゴソと音がしたという。

はじめは何か物が当たったくらいだと思っていたらしいが、その音はしばらく続いた。

おそるおそる二階に上がろうとすると、二人組の男たちがこわくて声が出なかったようだ。

ルカたちの部屋はキルケアが自由に動けるよう常に窓が開いている。

すぐに綾子を起こしたがそのときにはすでにいなかった。

この島では犯罪なんてほとんどないし、ましてやこんな山奥まで来るなんて滅多にないから、戸締りをしている家はほぼ皆無。

あのとき部屋にいなかった人物を思い出す。

真っ先に浮かんだのが星司。

日課のジョギングで外を出ようとすると、突如雷が鳴り、激しい雨が降ってきた。

玄関で止むのを待っていると、ルカに似た小さな子が歩いているのが見えたそうだ。

その両脇には傘を差す男性が見え、フェリー乗り場の方に向かっていった。

俺たちはフェリー乗り場に向かい、係員のお姉さんに話を訊く。


「友遼くんじゃない、どうしたの?」


「昨日の明け方、スーツを着た大人たちと紫の髪をした女の子見なかったか?」


「それなら南東に向かっていったわよ」


南東?街へとつながるフェリーは北だ。

近くの離島も南にあるから方向が違う。


「数日前から見慣れない船が止まってたからてっきり新しく移住してきた人の船だと思ってたんだけど」


「どうしてそんなとこに?」


「あそこはたしか無人島だったはずだけど」


「そこに連れてってくれるか?」


「ごめんね、今日私だけだから」


いつもなら父親と二人体制で北にある市街地行きと南の離島行きに分かれて運行しているが、今日は父親が休みのため市街地行きのみしか運行していない。

次々とフェリー乗り場に人がやってきた。

そろそろ船が出発する時間だ。


「どうしようか」


「イカダでも作るか?」


「そんな時間ないわよ」


「ならどうするよ?」


知り合いですぐに船を出してくれる人……一人いた。


「相変わらずヒマそうだな」


「冷やかしならいらんぞ。俺は忙しいんだ」


タバコ吸ってスマホいじっているやつが言うなよ。

画面を見ると競馬のゲームをしている。


「和典さん、お願いがあるんですけど」


「俺は忙しいんだ」


星司の意見すら聞こうとしないなんて子供かよ。

余裕のない人はモテないって言ってたくせに。


「カズさん、手伝ってほしいの」


「飾音ちゃん、なんだい?何でも言ってごらん」


ころっと態度を変えやがって。このおっさんは本当に現金だ。

事情を説明し、船舶免許を持っているカズさんにお願いして船を出してもらった。


「そういえば今日えなかちゃんはいないのか?」


えなかは引越しに向けて実家に戻り荷造りをしていることを伝えるとあからさまに残念そうな表情をした。


「カズさん、目の前に私がいるのにもなちゃんのこと考えてるの?ひどい」


「そんなことないよ。俺は飾音ちゃんがいればそれでいいんだ」


最近あざとさを覚えた飾音にまんまとやられている。

こいつ、いつの間にこんな能力を身につけたんだ。


「綾子への想いは嘘だったんだな、言いつけてやろう」


「ハル、お前だけ降ろすぞ」


やめてくれ、俺泳げないんだ。

奥湊島から南東に行った先にある名もなき無人島。

ここは普段霧がかかっていて視界が悪く電波も悪いため、あぶないから大人たちには近づくなと言われている。

誰かが言い出したのか、一度入ったら二度と出られなくなるなんていう噂すら流れている場所だ。

だからこの島に来たのは今日がはじめて。

幸い霧は薄かったものの本当にここにルカたちがいるのだろうか?

船着場に近づくと人が座っていた。おそらく係の人だろう。

見つかったら通報される危険があるので、バレないようゆっくり近づいていくとその人は首を縦にこくりこくりとリズムを打っている。

どうやら眠っているようだ。

カズさんを残して上陸し、しばらく歩いていると白い建物が見えた。

試験場のようなつくりのそれは島全体を包むほどの大きさで、周囲には他に建物もなければ人がいる様子もなかった。

建物の外壁からは何か白いものが出ている。

目を凝らしてみると、無数の霧が出ていて視界が悪くなっている。

どうして霧を発生させているのだろう。

壁には大きく『アンダーワールドラボラトリーズ』と書かれている。

ルカを狙ってしつこく嗅ぎ回っていたやつらの施設だ。

先日の誘拐事件はここに連れてくるためだとわかったが、こんなところに施設があったなんて知らなかった。

正面玄関から入ろうとすると、飾音に止められた。


「なんだよ?」


「関係者じゃない私たちが真正面から入ってどうすんのよ?」


「一刻も早くルカとキルケアを見つけるべきだろ」


「そうだけど、中の人たちに遭遇したらなんて言うつもり?」


「親戚や知り合いって言えばいいだろ?」


「彼らはプランダラよ?ルカちゃんを強引に連れ去った人たちがそんなことを素直に応じると思う?顔も知られてるし、確認されたらすぐにバレるわ」


「ならどうすんだよ?」


「これだけ広い施設だし他にも入り口があるはずよ」


「急がば回れってやつだな」


「星司くんよく知ってるわね」


「友遼よりは(がく)があるんでね」


勝手にマウントを取るな。

他に入り口がないか周囲を探すこと数分、勝手口を見つけた。

細い道を道なりに歩いていくと、見晴らしの良い空間が広がっていた。

病院の待合室のようなつくりに感動していると簡易的な案内図を見つけた。

三階建ての施設には地下一階、二階と繋がっていていくつも部屋があるが部屋番号のみが書かれているだけでどこに何があるのかはまったくわからない。


「だいたいこういうのって一番下じゃね?」


「そうなの?」


根拠はないが、(みだ)りに歩き回っても疲れるだけだしうろうろしていたら目立ってしまう。

憶測もたまには役に立つと自分に言い聞かせて地下二階に降りていくとそこにはたくさんの部屋があった。

部屋には番号だけが書かれていて何の部屋なのかはわからない。


「扉開けたらグロテスクなモンスターに襲われて喰われちゃったりしてな」


「もう、物騒なこと言わないで」


「昔やってたスマホゲームでこんなのがあった。土地の奪い合いで地球を破壊し続けた地上人に怒った地底人が地上にやってきて、人々を皆殺しにしようとするんだ。しかも見たことのない力を使って地上人はモンスターと化すんだ。モンスターと化した人は記憶や意志を失い、治療する方法もなくただ殺し合うだけ。中には家族同士で殺し合うシーンもあった。あっという間に地上の半分近くが消えてなくなった。それを選ばれし五人のヒロインが命懸けで阻止するってやつなんだけど、そのゲームのバッドエンドは暴走したモンスターが人種問わずすべて食い漁って人類が滅亡しちゃうんだよ。イラストは良かったし人気声優も使ってたから前評判は良かったんだけど、操作のしづらさとバトル画面の見づらさ、何より敵が強すぎて全然クリアできないってクレームが多くてすぐにサ終了したんだ」


まるでそのゲームのようになると言いたいのだろう。

それを聞いていた飾音が俺たちを睨む。

これ以上いじるとマジで下半身がなくなってしまうのでルカたちを捜す。

しばらく歩いていると突然、星司が(けわ)しい表情を浮かべた。下半身をもじもじさせている。


「どうした?」


雪隠(せっちん)タイムだ」


「素直にトイレって言いなさいよ」


きっとゲームか何かで覚えて使ったんだろうが、いちいち遠回りする言い方しやがって。

飾音の通訳がないと理解できなかったし。


「悪いけど先行っててくれ」


そう言ってトイレに駆け込んでいった。

カズさんの船上で牛乳を一気に飲んだりするからだ。

仕方ないので俺と飾音で施設の周囲を歩き回るが部屋が多すぎてどこに行けばいいのかわからない。

どこもセキュリティーカードがないと開かないようになっている。


「RPGみたいに簡単に部屋に入れて、宝箱とかあったら楽しいのにな」


「ハルって本当緊張感ないよね。私たち不法侵入してるのよ?」


「もし敵がきたら俺が守ってやるよ」


「バカじゃないの、キモい」という返しがあると思っていたが返事がなかった。なぜか頬を赤らめている。

一階と比べて地下には人の気配が感じられなかったが、すべての部屋にはロックがかかっている。


「セキュリティーカードがないと開かないみたいね」


「じゃあぶっ壊すか?」


「そんなことしたら捕まっちゃうでしょ。器物損壊罪(きぶつそんかいざい)よ」


ってかそもそも部屋が多すぎる。

泥臭く一つ一つ確かめたいが、それでは時間がいくつあっても足りない。

一刻も早くルカたちを助けないといまごろ何をされているかわからない。

少しずつ顔を出す焦燥感(しょうそうかん)を必死に抑えながら歩いていると、なんでもない扉から気配がした。


「直感はときに人を救う」


「はぁ?何言ってんの?いよいよ頭おかしくなった?」


「俺はこの部屋にキルケアがいると思う」


部屋の扉には何か英語が書かれていたが読めない。

でもキルケアがいる気がしてならない。


「ここってリファレンスルームよ?こんなとこにキルケアちゃんが本当にいるの?」


「そのリファレンスルームってなんだ?」


「資料室ってこと」


「ってことは、記録媒体がたくさんある部屋?」


「表記の通りの意味ならね。だからここにいるはずないわ」


「でも感じるんだ。キルケアの気配を」


「ものすごく頼りないんだけど」


「俺を信じろって」


「ハルだから信じられないんだけど」


こいつ。


「ってかどうやって開けるの?」


ドアノブもないからおそらくセキュリティーカードを翳せば自動的に開くのだろう。

しかし、肝心なそのカードがない。


「どうすっかな」


腕を組みながら扉を開ける方法を考えるも俺の学では何も浮かばない。


「これで開くぞ」


いつの間にか後ろにいた星司の手にはセキュリティーカードがあった。


「それどこで?」


「トイレに落ちてた」


「まさか、暴力を?」


「そんなことしてねぇから」


トイレに行ったときスタッフが落としていったものを拝借(はいしゃく)したらしい。


「盗みはよくないわ」


「勝手に侵入してるやつが言うなよ」


星司がセキュリティーカードを翳すと扉が開いた。

そこは無数の書籍や資料が並べられていた。

見渡すだけで頭がクラクラしてきそうな数だ。

その部屋でキルケアが横たわっていた。


「大丈夫か?」


呼吸はしている。どうやら眠っているだけのようだ。

身体を数回揺するとゆっくりと目が開いた。


「私としたことが不覚だ」


あの日、目が覚めたらルカがいないことに気づき、捜しに出るとスーツを着た男たちに連れて行かれる背中が見えたため、助けようと腕に噛みついたがはたき落とされた。

一瞬意識を失ったがなんとか船に忍び込み、施設に着くと同時に助けようとしたものの、彼らに気づかれ意識を失ってここに連れてこられたという。

幸い怪我はしていなかった。


「ルカはどこに?」


「わからないがそう遠くには行っていないはずだ」


「急ごう」


資料室を出て少し歩くと突き当たりにとりわけ大きな扉があった。

ここにルカがいる。直感でそう思った。

星司がセキュリティーカードを翳すと扉が開いた。

部屋の中は近未来の宇宙船のようになっていて、予想よりもはるかに広かった。

見渡す限り監視カメラのようなものもなければ人の気配もない。

少し歩くと人一人分の酸素カプセルが均等に並べられている。

中を覗こうとそのカプセルに手を伸ばすと誤ってボタンを押してしまった。

するとカプセルがゆっくりと開いた。しかし、中には何もない。


「ちょっとハル、何やってんのよ」


「意図せずして起こる()き偶然。人はそれを僥倖(ぎょうこう)と呼ぶんだよ」


「うん、奥湊に戻ったら一緒に病院行こうね」


まさか優しく宥められるなんて。

ツッコミ待ちしていたのに新しいスタイルでくるなよ。


気を取り直してルカを捜す。

どこに人がいるかわからないから音を立てないよう慎重に足を動かして一つ一つの酸素カプセルを覗くがどこにもいない。

直感が正しければここにいるはずなんだけれど。

さらに奥に進むと、施設を支えるように中央に立つ大きな円柱の奥に一つだけ巨大な酸素カプセルが見えたので、目を細めてみるとそこに眠っていたのはルカ。

カプセルに入れられた彼女は身体中にチューブのようなものがつけられていて、その近くに白衣を着た男たちが二人、画面を見ながらたくさんのボタンを押している。

おそらく研究員だろう。

画面に夢中でまだこちらには気づいていない様子だ。

身と声を潜めながら作戦を練る。


「あの二人にバレないようにルカちゃんを助けないと」


「どうやって?」


ルカを(かどわ)かしたやつらだ。

真っ当に行っても相手にしてもらえないのは目に見えている。


「ここは飾音とキルケアの出番だろ」


「えっ?」


瞬間的に閃いた俺は作戦を伝える。


「まずキルケアが一人の研究員のもとに行って狂ったようにボタンを押しまくって混乱させた後、できるだけルカから離れてくれ。その後、飾音がキルケアを止めるフリして、もう一人の研究員も巻き込みわちゃわちゃしている隙に俺と星司でルカを助ける」


「あのカプセルはどうやって開けるの?」


「さっきと同じ要領で開くはずだ」


「あんなにボタンがあるのに大丈夫?」


見たところ他のカプセルとの違いは大きさだけ。

であれば基本的なことはそう変わらないはず。

誤って押してしまったボタンの特徴は把握している。

手前にある碧色のボタンだ。


「できるだけ注意を引いて時間を作ってほしい。『うちの猫がすみません』みたいな感じでテキトーに謝ってくれればいいから」


「本当に大丈夫?」


飾音の心配性が顔を出してきたがここでやらないと二度とチャンスはない。


「最悪、持ち前の色気で時間を稼いでくれ」


「私に色気なんてないわよ」


「そう怒るなって。大丈夫だ、世の中のおっさんはみんな飾音みたいな女子高生が好きだから」


「いまの発言、だいぶきもいよ」


「念のため、これつけといてくれ」


UWLの人たちに顔が知られている可能性もあるのでこの前買ったサングラスをしてもらった。


「それと、胸元緩めといてくれ」


ドスっという鈍い音が俺のお尻に直撃する。


「蹴っていい?」


蹴ってから言うなよ。


「イチャついてるとこ悪いんだけど早くしないと見つかるぞ」


星司の言葉を否定しない飾音にちょっと肩透かしをくらったが、たしかにゆっくりしている時間はない。

気を取り直して作戦を確認し決行する。

キルケアが勢いよく研究員のいる場所まで走りボタンの上で暴れ回った。

突然のことであたふたしているところに一人の研究員がキルケアを捕まえようと追いかける。

続いて飾音が中に入りもう一人の研究員の前に立ち、話しかける。


「なんだねきみは?一体どこから入ってきた?ここは関係者以外立ち入り禁止だ」


「すみません、うちの猫ちゃんが急に走り出しちゃって」


「あれはきみの猫か?早く捕まえてくれ。研究にならない」


「ごめんなさい。ってかお兄さんめっちゃかっこいいですね。彼女はいるの?」


「えっ?まぁ妻と子供がいるが」


「もう少し早く出会ってたら私が狙ってたのになぁ」


「そんなに僕が好みなのかい?」


「私、一目惚れっていうの人生ではじめてかも。眼鏡の奥のキリッとした目が色っぽくて素敵」


「そ、そうかい?でも僕結婚してるし」


「私みたいな子供嫌いだよね……」


「全然子供じゃないよ。ただ、僕には家族が……」


「二番目でもいいって言ったらイヤ?」


「不倫相手になっちゃうよ」


「それでもいいの。私、お兄さんのこともっと知りたい」


サングラスの隙間から上目遣いで相手の手を握りながら秋波(しゅうは)を送る仕草があざとすぎてこわくなった。ちゃっかり胸元開けているし。

そう言って研究員の手を握ってルカから遠ざけた。

あいつ、将来女優か詐欺師になった方がいいかもしれない。

二人が時間を作っている隙にガラ空きとなったカプセルの前に立ったら思考が停止した。

いままでと打って変わってボタンの数が多く、似たようなボタンがたくさんあってどれかわからない。

まるでDJセットのようになっていて、碧色のボタンがいくつもある。

しかも微妙に色が違う。

さっき押したものがどれと同じ色かわからなくなった。


「星司、さっき俺が押したボタンってどれだ?」


「わかんねぇよ」


どうしよう。

下手に押したらどうなるかわかんないし、あまり長い時間はかけられない。

いま見ただけでも碧色のボタンは4つある。


「こうなったら自販機方式だ」


「は?なんだそれ?」


「自販機で欲しいジュースが二つあってどっちも飲みたいときあるだろ?そのとき同時にボタンを押してどっちが出るか運に委ねるあれだ」


「それと状況が全然ちげーじゃん」


しかしいまの俺にはこれしか思いつかない。

自分の直感を信じたいが、この切羽詰まった状況だとうまく感が働かない。


「星司手伝ってくれ」


「マジかよ」


横に並び、互いの両手を使って4つあるボタンをせーので押した。

……反応がない。

二人で顔を合わせ、もう一回やるか決めかねていると、

「そこで何してる?」

ついに研究員が俺たちに気づいた。

ここで逃げたらルカを助けることができないが、捕まるわけにもいかない。

すると、チューブが外されカプセルが開いた。

すばやくルカを抱き抱え、逃げるように外に向かった。

呼吸することを忘れるくらい必死に走った。

肩で息をしながら船着場に着くと、やや遅れてキルケアと飾音が合流してきた。

すやすやと眠るルカを見てみな安堵の表情を浮かべていた。

急いで船に乗り込もうとしたとき、「動くな!」という大きな声が響き渡った後、数人の大人たちがこちらに向かって走ってきた。

その手にはピストルが見える。

待て待て、ここ日本だぞ?


「銃刀法違反じゃね?通報しないと」


「冷静に言ってる場合かよ」


「そうよ、その前に殺されちゃう」


「ルカをこちらに渡せ」


「渡さないと危険な目に遭うぞ」


もう十分遭っていますが。

この緊迫した状況のなか、霧空に向かって昼寝していたカズさんが脳天気な声を出して起きてきた。


「カズさん、早く出航の準備を」


「ほえ?」


「寝ぼけてないで早く!」


やつらの持っているピストルを見てようやく現実を知ったのか、見たことのない顔で固まっている。


「そこのお前も動くな」


それぞれに突きつけられた銃口が徐々に近づいてくる。

心臓がバクバクして冷静ではない自分がいる。

身体が震えていまにもちびりそうだ。


「早くルカを渡せ」


一人の男がターゲットをルカに変えてきた。

やつらがほしいのはルカだから撃てないのはわかっているが、目の前にあるピストルに手汗と脇汗が止まらない。

それでもルカを落とさないように必死に抱き抱える。

目の前の男が持つピストルの引き金に指が触れた瞬間、建物の奥からバンっという渇いた音が響き渡り、俺に向けられていた銃口が外側を向いた。

もう一発渇いた音がしたと思ったらその男の手の甲に銃弾が当たりピストルが落ちた。

銃弾を放った方向を見ると、そこには背の高い二人の男性がライフルを構えて立っていた。

一人は恰幅が良く髭の生えた短髪で瞳の色は青と緑。

もう一人はセミロングで二重の赤と黄の瞳をしている。


「シュラヴァス、ファルシス!」


キルケアが耳元でそう言った。

少し距離はあったものの星司の似顔絵と一緒なのがわかった。

やっと見つけたのにこの状況では安易に近づくことすらできない。

突如建物から現れた二人組に、UWLの人たちも対象が彼らに変わった。

キルケアが「いまのうちにルカを」と言って俺たちを先に船に乗せた。

二人は持っていた銃で牽制しながら俺たちを逃がそうとしてくれるが、飾音が弟のファルシスに見惚れている。


「見惚れてる場合じゃねぇって」


死ぬかもしれないこの轍鮒(てっぷ)(きゅう)に余裕ありすぎだろ。


「違うの。あそこ」


二人の後ろには芽乃ちゃんと同じくらいの背丈の男の子がいた。

金髪で垂れ目の小さな男の子は何かに怯えている様子で、手足が震えているのが遠目からでもわかった。

シュラヴァスとファルシスは後ろにいるその子を守っているように見える。

あの子は一体誰だろう。

銃撃戦を繰り広げる二人と合流しようとしたが多勢に無勢のシュラヴァスもファルシスも囲まれてなかなか動けない。


「あいつらなら大丈夫だ。先にルカを」


すごい自信と信頼感。


「あの子は大丈夫なの?」


「あの二人が守るから大丈夫だ」


そう言い置くと、キルケアがこっちに向かって走り、船に向かってジャンプしたとき、一発の銃声音がした。

振り向くと甲板に倒れていたのは血まみれのキルケアだった。


「キルケア‼︎」


甲板に飛び込む際、こちらの動きに気づいた一人が発砲し、彼の足に直撃した。

俺の声に反応し目を覚ましたルカ。

腕の中で瞬時に状況を察したのか、ルカのオッドアイがみるみるうちに真っ赤に染まった。

これは怒りの感情なのか恐怖の感情なのかはわからないが、少なくともこの後大きな災害が起きる予感がした。

ルカを宥めようとしたが遅かった。

あっという間に島全体が大きく揺れ始め、霧がかった空は雨雲となり、雷が激しい音を立てて施設に落ちた。

燃え盛る施設に銃口を向けていた人たちも慌てて海に飛び込んだ。

それを見たルカが大粒の泪を流した後、瞳の色はいままで見たことないくらいの青に染まっていた。


ー激しい雷雨がすぎ去ったあとの海はとても静かで、船上も違う意味で静かだった。

燃える施設を背に必死にキルケアの止血をする。

救急道具なんて載せていなかったからルカのために飾音が持ってきていたタオルで応急処置をし、奥湊に着き急いで病院へ連れて行く。

幸い予約はなくすぐに診てくれたおかげで大事には至らなかった。

施設は燃え尽き島は文字通り無人島となった。

失踪した二人をやっと見つけたのにこんなことになるなんて……。

カズさんの船には防犯カメラが設置されていたようで、銃撃戦のときの映像が証拠となり、海に逃げ込んだ人たちは後日引き揚げられ銃刀法違反で逮捕された。

UWLの活動は禁止され解散することになった。

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