3-2 UWL
ラグーナに来客なんて珍しい。
こんな山奥に誰だろう。
たまの来客といえば星司の両親が余った野菜を届けに来るくらいなのに。
スーツを着た数人の大人たちと向かい合わせで座る。
綾子を挟むように、俺、飾音、星司が座った。
「突然お邪魔してすみません。我々はこういうものです」
渡された名刺を見ると、
『|Under World Laboratories.《アンダーワールドラボラトリーズ》(地底世界研究所)通称UWL』と書かれている。
それを見た綾子が口を開く。
「そのUWLさんが一体何のご用でしょうか?」
「結論から申し上げます。オッドアイの少女を渡してください」
「渡すとは?」
「言葉の通りです。あの子は、ルカは観察対象です」
「観察対象ということは保護者ではないですよね?」
「えぇ。ですが、あの子はこの地球を救うカギとなる子です」
「仰っている意味がわかりません」
綾子だけじゃない。
俺たちみんな同じことを思っていた。
各々顔を見合わせていると、彼らが順々に口を開いた。
「あなた方はこの星の地底奥深くに別の生命体があると思いますか?」
「地球の表面積の約70%は海で、その海の約98%は深海です。そのほとんどが調査に至っていないためどのような生物や化学物質があるのか解明されていません。我々は地底のどこかに生命体があると信じ研究している団体で、同時に地底に埋まる資源をどのように採取するかも研究しています。地球にはまだまだ謎が多く未解明のものばかりですから」
これだけ未解明の場所が多いこの星で他に生命体がいない方が不思議だと言いたいのだろう。
ただ、地底について研究している人たちがどうして宇宙人であるルカを求めているのだろうか。
UWLの人がさらに続ける。
「みなさんはアガルタ人という人種をご存知でしょうか?」
以前、都市伝説の動画で何度か観た記憶がある。
地底奥深くに住み、俺たち地上人よりも発達した文明や知識を持ち、未知の生命体と共存していると云われているがあれはあくまで都市伝説。
遭遇した人に出会ったこともなければそれに似た話すら聞いたことがない。
あのとき不時着した宇宙船を見るまで宇宙人なんて信じていなかったように。
UFOやUMAといった未確認と呼ばれているものは本当に見た人以外信じるのが難しい。そこに行けばそれがあるという確証がないから。
「地表から地球の中心までは約6400キロメートル。地球全体の大半を占めるマントルのどこかにそのアガルタ人は存在すると云われています。彼らは我々よりも発達した文明や知識を持ち、未知の生命体と共存している可能性があります」
「我々は彼らがどこにいるのか、どのような生活をしているのか知りたいのです」
「それはわかりましたがルカちゃんと何の関係が?」
「彼女はアガルタの血を引くものだと考えているからです」
この人たちは何を言っている?
ルカはウィリディスという遠い星からやってきた宇宙人だ。
たしかに見た目は普通の女の子だが彼女が地底人という根拠がない。
臆見だけで話を進めようとしている。
「いま地球の資源がなくなりつつあることはご存知でしょうか?地底に住むアガルタ人はみな体内にメタンハイドレートを蓄積し自己生成ができます。それがどのような仕組みなのか知りたいのです」
メタンハイドレート。
メタンガスが水分子と結びつくことでできた氷状の物質のことで、火を近づけると燃えることから別名『燃える氷』とも呼ばれている。
これからの新しい天然資源として大きく期待されているそうだ。
日本の地下深くにもメタンハイドレートが埋まっているそうだが、それを採掘しようとすると、地盤への影響だけでなく温度の上昇や圧力の減少により溶け出してしまう。そうなるとメタンを発生させ、環境破壊の原因となるらしい。
数年前から日本でもアメリカと連携してメタンハイドレートの開発を進めているが、莫大な費用と実用に至るまでにいまある資源がなくなる可能性が高い。
それを知ってか、関税額を大幅に上げ、意図的に輸出を避けている国すらあり、とある地域では資源の奪い合いが起きている。
その人たちの話によると、地球にある石油、ガス、石炭、ウラン。あらゆる資源が年々足りなくなっていて、近いうちに多くの人が生きていけなくなるそうだ。
「待ってください。仮にそのアガルタ人という人たちが存在するとして、どうして彼らの体内にメタンハイドレートがあると言い切れるんですか?」
飾音が言うには、メタンハイドレートは本来深海の底や永久凍土といった物質に含まれているため人の体内には存在しないらしい。
「先ほども申し上げましたが、我々は地底に生命体があると信じ、研究している団体です。研究の最中である一枚のレポートを手に入れました。そのレポートではアガルタ人自らが公表しているのです」
そう言うと、彼らはカバンからタブレットを取り出しそのレポートを見せてきた。
「これはいまから数百年前の話、ある人物が実際にアガルタ人と出会ったお話です」
タブレットの画面には『地底人(アガルタ人)との出会い』と書いてある。
UWLの一人が画面の再生ボタンをタッチすると動画が流れ始めた。
『人類で唯一地底人と接触した人がいる。彼女の名はコリーナ・ブレイク・コールマン。我々UWLは彼女の話をもとに記録として認めることにした』
ここからは彼女の話。
私が十五歳のとき、枯れ木が多くところどころで光の差し込む見晴らしの良い山道を歩いていると、足を怪我して座り込む赤と青のオッドアイの男性がいた。
年齢は私と同い年くらいのシュッとした人。
彼の首には『G.E.O.』という文字が刻まれていたのできっとこれが彼の名前だと思う。
怪我した足はひどく腫れていて痛々しい。
おずおずと近づき、その足に触れようとしたとき、オッドアイの男性の目が真っ赤に染まり腕を大きく挙げて威嚇してきた。
その日は止むを得ず帰ったけれど、私は彼のことがどうしても気になったのでまたそこに向かうことにした。
治療をしようとするも近づくたびに怯えては瞳を赤く染め、再び威嚇してくるけれど、それでも諦めず毎日足を運んでは声をかけ続けた。
なぜかはわからないけれど、彼のことがどうしても気になった私は雨の日も台風の日も足を運んだ。
数日間行き続いたある日、ついに彼が触れることを受け入れてくれた。
出会ったころに比べてさらに腫れあがっている。
急いで治療を終えると、彼の瞳の色は緑色に変わっていった。
ホッと一息つくと不思議な出来事が起きる。
枯れ木だったはずの木々はみるみるうちに大きくなり、花蕾たちは一瞬にして花を咲かせた。
これは彼の持つ力?ううん、ただの偶然だと思う。
毎日足を運んでいるうちに彼は心を開くようになっていた。
歩ける状態になるまで回復したとき、ジオは少しだけ言葉を話すようになっていて拙い状態ながら自分のことを話し出した。
彼は地底奥深くにあるアガルタという場所からやってきて、地上と地底をつなぐ場所はいくつかあるけれど、それは選ばれた大人たちが管理しているため特別なとき以外は行き来ができないようになっていて戻るタイミングを失った。
特別なときというのは年に一度行われる儀式のときで、それは『解放の儀』と呼ばれている。
成人の年である十五歳になると目隠しをされ、手足を縛られた状態で地上に送り込まれる。
七日間のうちに自力で地底に戻ってこられたもののみが成人として認められ、もし戻って来られない場合は二度と地底へは戻れないというもの。
あくまで自力で戻ってくることが大前提のため、地上人含めた他者との接触は一切禁じられている。
食事もトイレもすべて自分でしないといけなくて、地上に上がる場所も完全にランダムだから事前に準備することもできない。といっても彼らは頭が良く順応性が高いため、ほとんどが五日間以内に戻ってくる。
ジオはこの解放の儀の最中に足を怪我してしまいアガルタに戻れなくなってしまった。
どうしてこんな厳しい儀式があるのかわからなかったけれど、知らない世界で一人生きていくなんて想像しただけで胸が痛くなった私は彼と一緒に暮らす提案をした。
警戒心の強いアガルタ人だけれど、彼は私と住む選択をしてくれた。
それが嬉しくてたくさんお話をした。というより私が一方的に話していたのだけれど。
好きになった人の生い立ちや故郷のことが知りたくなってたくさん質問した。
まだ言葉が覚束ない彼はうまく言葉にできなかったのでイラストにして伝えてくれた。
彼は昔から絵を描くのが好きでとても上手だった。
私は楽しそうに絵を描く彼を見ているのが幸せで、それを見たくてちょっと答えにくいようなことも訊いたことあったっけ。
地底奥深くに住むアガルタには豊富な水と氷があり、とても広く自然豊かな場所。彼はその首都であるシャンバラールという場所からやってきた。
シャンバラールには鯨のような見た目の空飛ぶ乗り物に多くの人が乗っていたり、気泡のような謎の丸い物体が宙に浮いていたり、見たことのない巨大な動物が歩いていたりする。
きっと地上のどこにもないような神秘的な世界。
それがこの地底奥深くに存在する。
地上からアガルタまでは2000キロメートルほど地底にあるため、いまの地上人の技術では到底辿り着けない距離。
アガルタ人は生まれつきみなメタンハイドレートを自己生成でき、体内から出た汗や泪といった液体は溶けずに小さな石となる。
それこそがメタンハイドレート。
彼らはこれを蓄積させることであらゆるものを生み出し生活しているけれど、地上に上がってきてからは自己生成している感覚がなくなってしまった。
詳しいことは彼にもよくわからないみたいだけれど、普段の生活に支障はないから問題ないみたい。
ちなみにアガルタにオッドアイの人はあまりいないようで、一般的には私たちと同じような見た目をしているから幼いときのジオはいじめられていた。それを笑って話せる彼は強くて優しい人。
そんな一面を知ることができてさらに好きになった。
数年が経ち、私は彼と結ばれたくさんの子に恵まれた。
もちろん、家族以外にはジオの正体は明かしていない。
彼のことが世に知れたらきっと彼は苦しんでしまうから。
生まれた場所なんて関係なく一人の人として愛し合えたことを私は誇りに思う。
アガルタのことはあまり知らせないでほしいとジオにはお願いされたから口外はしない。
きっと地上と地底で争いが起きる可能性があることを懸念したのだと思う。だからこの記録に残しておいてそれで終わり。
「これは知り合いから譲り受けたものですが、このコリーナの話が本当なら、アガルタ人もしくはその血を引くものが地上のどこかに存在します。彼らと接触することができれば研究は一気に進みます」
「さらに泪や汗から微量のメタンハイドレートが検出できることがわかれば、これからの大切な資源となり、多くの人を救うことができるのです」
この人たちはルカがジオとコリーナの子孫だと言いたいのだろうか。
たしかにオッドアイであることや首元に名前が刻まれている点は一致する。でも、このレポートに子どもたちのことは書かれていないし、ルカの体内にメタンハイドレートがあることは証明されていない。
みんなで島中を捜し回っていた40度近い真夏の日、ルカの汗は固まることなく流れていった。
だから彼女がアガルタ人である根拠はどこにもない。
そもそも彼女は一度も言葉を発していないしまだ幼い少女だ。
彼女の瞳の色で感情を判断するしかないため、繊細にそして慎重に接してあげないといけない。
「どのような了見で仰っているのかわかりかねますが、ルカちゃんはアガルタ人ではありません」
「彼女はジオとよく似ています。噂によれば彼女も瞳の色によって環境に変化が生じる不思議な力を持つようですね。これだけ似ていればきっとメタンハイドレートを自己生成できるはずです」
「そんなの知るかよ」
「ちょっとハル」
「ルカは俺たちの大切な家族だ。あんたらの都合の良い人形じゃない」
さっきから根拠もなく決めつけやがって。
ルカのことをなんだと思っていやがる。
こんな小さな子を危険な目に遭わせるなんて絶対にさせない。
「べつに傷つけるつもりはありません。たとえば、よだれや唾液といったものでも抽出できるのかご協力いただきたいのです」
「ルカは実験体じゃない!」
「ハルってば」
飾音に止められたが俺の感情は昂っていた。
献血の感覚で言っているが、俺たちが決める権利はないし、何よりこの人たちのことを信用することができない。
もし一度でも許したら俎上の魚になりかねない。
「あの子はあんたらもモノじゃない。一人の感情を持った人間だ。勝手なことはさせない」
「あと五十年も経たないうちに地球上から多くの資源がなくなり、下手をすれば人類は地球を捨てることになってしまいます。仮に地球を捨てて月や火星に住むことになってもすべての人口がそこに住むことはできません。多くの国民は放置され貧困に喘ぎ、醜い争いを起こすことになります」
「それは大人たちが資源を無駄使いして自然破壊を繰り返したからだろ?あの子はまだ言葉もしゃべれないんだ。そんな子に人類の未来なんて委ねるなよ」
「先ほども申し上げたように、彼女を傷つけるつもりはありません。体内から抽出されることが証明されればあとはより多くのアガルタ人とつながる道をつくるだけです。そうすればお互いWin-Winの関係になれるのです。少しだけルカをお借りしたいと申し上げています」
「いまの月や火星には一気に全人類を生かすだけの資源は取れません。すなわち、このまま資源がなくなれば八割以上の人類が死んでしまう。私たちはそれを阻止したいんです」
「だからと言って子供を使って抽出する必要なんてないと思います」
冷静に反論する飾音の意見に強く同意する。
見知らぬ土地でわからないことだらけでずっと怯えていた彼女がようやく俺たちの前で笑顔を見せるようになったんだ。
もし自分の大切な人でも同じことができるのか?
「ジオとコリーナの子孫たちは多くいるのですが、いまどこにいるのかまったく情報が掴めていない状態です。そんななかで彼女を見つけました」
「地球がなくなることはすなわちアガルタ人も住めなくなってしまうということ。これは我々だけの問題ではないのです」
こいつらは地底に別の生命体があることを知っていて、次の資源と期待されているそれを生成していることを知った。
そんなときにルカの姿を見かけて捜し回っていた。
最近スーツを着た人が多かった理由はこれだった。
だとしても一方的な要求が気に食わない。
うまく言いくるめようとしても無駄だし、ルカはウィリディス人だ。アガルタ人との意思疎通なんてできない。
「あなた方はこのまま餓死しても良いのですか?このままいけば約80億の人が食糧欲しさに醜い奪い合いをすることになります。そうなれば輸入大国の日本はあっという間に壊滅してしまいます」
「エビデンスを持ってきてください。ルカがアガルタ人であるそれを」
ずっと話を訊いていた星司が珍しく怒っている。
丁寧でありながらもまるで毒を吐くかのようなそんな言い方に聞こえた。
この人たち、綾子と話すとき以外はどこか蔑視しているように思えてならなかった。
俺たちが子供だからってそんな態度じゃ話を聞く気にならない。
話を優位に進めたい様子の男性が一つの提案をする。
「では取引をしましょう」
「取引?」
「この島の人口は年々減ってきているのはご存知ですよね。このままだとこの島から若者がいなくなってしまい、いつか無人島になってしまいます」
この人の言うことは事実で、カズさんや綾子の時代に比べて人口が極端に減っている。
俺たちの世代でも少ないと言われているのに、ほとんどの人が高校卒業を機に島を離れていく。
同じ中学を卒業したやつらも神奈川や都内の名門高校に通うため島を出ていった。
島に帰ってきた人もいるが、それは定年後の人や終活の人が多いため年齢層は年々上昇している。
芽乃ちゃんの通う島唯一の小学校は全部で100人もいない。
この島の人口減少は深刻な問題となっている。
ここぞとばかりにUWLの人たちが畳みかけてくる。
「ここはハート島とも呼ばれていますよね?それを活かして人を集めましょう。たとえば気球や飛行機で上空からハートのかたちが美しく撮れるツアーを組んだり、他にも島の中にいくつかハート型のものを散りばめてそれを見つけてもらったりして楽しんでいただくのです」
「それからフェリー近くにアミューズメント施設やショッピングセンターを建てることで集客が増え、さらに雇用も増えます。明産物も作ればさらに集客が見込めます。若い方が出ていかないよう、他の方が移住したくなるような島にするのです。我々はその資金を援助しましょう」
「必要であれば島内会長にも直接交渉しますが、できればここでルカを渡してもらえるとありがたいです」
色々と提案してきたが俺たちの答えはもちろん決まっていた。
ー「みんな、説明してくれる?」
そういえば綾子には簡単にしか説明していなかったし、ルカの正体までは明かしていない。
俺はルカがアガルタ人の地を引く宇宙人であること。キルケアが言葉を話せる偉そうな猫で、地球を調査しにきていることを説明した。
「なるほどね、わかったわ」
「信じるのか?」
「嘘じゃないんでしょ?」
それはそうだが、こんな非現実的なことを簡単に信じるのか?
「友遼は阿呆で口も悪いけど嘘だけはつかないからね」
なんだろう、いつになく嬉しいこの感覚は。胸のあたりがぽかぽかしてきた気がする。
いつもディスられてばかりだったせいか変な感じだ。
「あの人たち、本当に島内会長のところに行くのかな?」
「やつらならやりかねないな」
「あんなこと言ってたけど、何するかわかんないし」
「資金援助しますって言っといて後日違法な請求してきたりしてな」
「そうなったら警察に突き出せるからいいんじゃね?」
「星司、冴えてんな」
彼らに何を言われようとルカを渡すつもりはない。
俺たちにとってルカは大切な家族だから。