3-1 ◇ 瞳の色
ルカと出会ってからずっと気になっていたことがあった。
彼女の瞳の色のことだ。
オッドアイの瞳が状況によって様々な色に変わる。
緑になったり黄色くなったりするのは一体どういう状態なのだろう。
飾音に連絡してキルケアを呼んでもらい、その間に星司も部屋に呼んだ。
いつの間にか定位置と化した部屋の窓枠に腰を落としながら説明をはじめるキルケア。
「地球人の瞳の色は大きく分けると24色ある。おまえたち日本人は黒や茶色が多いが、ウィリディス人の多くはオッドアイのためバラバラだ」
ウィリディス人の中にオッドアイの人は多くいるが、日本では五万人に一人ほどの確率。
基本的な色は人それぞれ違うようで、ルカのように赤と青の人もいれば、黄と緑、赤と黄、青と緑など様々なパターンがあるそうだ。
失踪しているシュラヴァスは青と緑、ファルシスは赤と黄と言っていた。
「ルカみたいに瞳の色が変わるのは普通のことなのか?」
「人によって違う。変化するものもいれば全く変わらないものもいる」
瞳の色の変化=コアとの共鳴というわけではなく、ルカのような子は非常に稀だという。
ウィリディス人の中にはルカのようにその土地のコアとなる部分とシンクロする不思議な力を持った子がいて、自身の感情によって瞳の色が変化し、コアとシンクロした場合は周囲に良くも悪くも何かしらの影響を及ぼす。
生まれつき持っている子もいれば急にその力が宿る子もいるらしい。
不思議なことに、この力は年齢とともに弱まり、突然消えてしまうようだ。
瞳の色についてはこうだ。
・赤/怒りや恐怖に満ちたとき、地面が揺れたり台風や雷が起きる。
・黄/喜びや楽しい感情になったとき、病気や傷が治ったり、小さな幸せが舞い降りてくる。
・青/哀しみや不安が押し寄せてきたとき、災害級の雨や津波が起きる。
・緑/落ち着いた状態が続いたとき、草木や花が生い茂り、水が綺麗になる。
いくつか思い返してみると、裏山ではじめて出会ったとき、彼女の瞳は赤くなり地震が起きた。
季節外れのチューリップが咲いたとき、彼女の瞳は黄色と緑だった。
この前海で遊んでいたときもずっと黄色になっていて、飾音の熱を一瞬にして治した。
「ルカちゃんって超能力者なの?」
「もしくは魔法使いとか?」
二人の憶測を正すように話を続けるキルケア。
「私も200年近く生きているが、実際に出会ったのはルカがはじめてだ。正直この力に関しては謎が多くてほとんど解明されていない」
キルケアが200歳だったことに驚きつつも、それ以上に一つ大きな疑問があった。
「待ってくれ。ルカってウィリディスだよな?その話が本当ならどうして地球のコアと共鳴するんだ?」
「それは私にもわからない。他の惑星ではそのような力を持つものは見つかっていないし、この力を持つもの自体が非常に少ないからな」
「もしかしてルカって地球で生まれたんじゃね?」
「いや、それはない。あの子はウィリディスで生まれていて、この星に来るのははじめてだ」
「ずっと気になってたんだけど、ルカちゃんのご両親はどこにいるの?」
「あの子はな、捨てられたんだ」
キルケアはルカとの出会いについて話し出した。
ウィリディス星にあるオスティアノックスという小さな国で産声をあげたルカだが、その外れにある孤児院の前で捨てられてしまう。
この国は他に比べてとくに格差が激しく、貧困に喘いでいる人が多くいるため孤児が多い。その多くは経済面からのネグレクトによるもので精神的に病んで心中を図る家族もいる。
孤児院に預けられた子どもたちはなんとか生き長らえているが、まだまだ手の届かないところで多くの子どもたちが虐待や飢餓に苦しんでいる。
ルカもそうだった。
彼女の両親は若くして結婚・出産し、母親は子育てに専念するため仕事を辞めた。
父親も仕事がないときはできるだけ一緒にすごすようにしていて、決して裕福ではなかったが幸せな生活を送っていたという。
しかし、ルカが生まれて一年経ったくらいから母親が病んでしまった。
はじめての子育てで戸惑いながらもルカのために尽くしてきたが、自由奔放に暮らす友人たちとの比較や子育てによる精神的ストレスからいつしかストレスの対象を夫に向けるようになる。
そこから二人は毎日のように喧嘩し、幸せだった家庭は一気に崩壊していき、いつしかルカは声を失った。
あまりに関係性が悪くなったのは娘のせいだと言い、もう一度幸せな家庭を築くため、両親はルカを殺すため海に投げ捨てようと決意する。
しかし、直前のところで思いとどまり、孤児院の前にルカの名前だけ刻んで捨てた。
ほどなくして近くを通りかかったシュラヴァスとファルシスが彼女を見つけた。
陽が昇れば孤児としてここで育ててもらえるが、この日の気温は低く冷たい風が体温を削ることを心配した二人はルカを抱き抱え、朝日を待つ前に孤児院に渡そうとするが、なぜか彼女は瞳の色を青く染める。
すると突然、大きな雨が降りはじめ、近くの川が氾濫し、避難せざるを得なくなった。
そのころは彼女の瞳の色と天候の変化の関連性があるなんて誰も思わなかったからただの偶然だと思っていた。
当時野良だったキルケアは一部始終を見ていて、二人に事情を説明し、そこから四人で生活するようになる。
数年が経ち、ルカの表情は豊かになったが言葉は話せないまま。
それでも四人は本当の家族のように仲良くなったそんなとき地球への調査依頼の話が出た。
元傭兵であるシュラヴァスとファルシスは他惑星特殊調査部隊(APSIF)に数年前から所属していたため、当時は二人だけで地球に行く予定だったが、何度説明してもルカが離れようとしないことや、事情が事情だったため、特別に四人で行くことが許可された。
「かわいそう……」
「早いところ二人を見つけないと」
ルカにとってキルケア、シュラヴァス、ファルシスは親であり家族。
日本でもネグレクトは年々増えているというニュースを最近見たが、身近にいる人がそうだと、なんという言葉をかけて良いのか正直わからない。
ただ、出会ったころにくらべてルカの笑顔が増えた気がする。
とくに芽乃ちゃんといるときはまるで双子のようにお揃いの格好をしたり、同じ動きをしたり、言葉が通じないながらも楽しそうな表情をしている。
芽乃ちゃん同様、同じ世代の子がいることは精神的に違うのだろう。
こうして少しでも寂しい気持ちを忘れてもらいながらも失踪した二人を見つけて安心させてあげないと。
ー翌朝、ごはんの時間になったのでリビングに向かうと独特のニオイがしてきた。
綾子が他のおかずと一緒にテーブルに並べている。
ごはん、味噌汁、焼き魚、冷奴という健康的な品数のなか、一品だけ俺の天敵がいた。
「げっ、納豆?」
「この前光眞さんご夫婦がいらしてね、最近納豆の栽培をはじめたらしくて少しいただいたの」
「どうしてそんなことをしたんだ?」
「俺を睨むなよ。父さんが納豆大好きなんだ」
星司の両親は結婚する前から父親の地元の北海道に旅行に行っていた。そのときに母親がはじめて納豆を食べてから好きになったようだ。
「たしか北海道の納豆って砂糖が入ってるから、粘り気が増して独特のニオイが和らぐらしいわよ」
飾音は相変らずよく知っている。
昔から物知りで気になったことはすぐ調べるタイプだがいまは感心している場合じゃない。
「俺はあの見た目と粘り気が苦手なんだ」
「ってか好き嫌い言ってないで食べなさいよ」
「飾音だってピーマン嫌いじゃん」
「あれは食べ物として認めてないから」
その理屈なら俺の納豆はどうなる?
「まさか!?ルカに納豆をあげるつもりなのか?」
「何がいけないのよ?」
「それは殺人行為だぞ」
「なんで殺人行為なのよ。美味しいじゃない」
「なぜあんなにネバネバした茶色いものを好んで食べられるんだ」
「いや、それはハルの主観でしょ?偏見よ」
俺はこの世の食べ物の中で納豆というものをどうしても受け入れることができない。
あの独特な臭い、食感、見た目すべてが破壊的。
納豆好きからはやいのやいの言われるが、嫌いなものを好きになるってすごい労力を使うことを世に伝えたい。
「もしそうなったら飾音を訴えなければならない」
「なんでそうなるのよ」
「俺にとっては虫と同じ立ち位置だからな」
「とりあえず生産者のみなさんに謝りなさい」
「星司くんのご両親にもね」
ルカはまだ箸が上手く掴めない。
そのためグーで握りながら持ち上げるようにして口に運んでいる。
すぐに崩れてしまう冷奴が楽しかったのか、何度も突っついてはケタケタ笑っている。
しかし、飾音にお行儀が悪いと怒られちょっと悄気ている姿がとても愛らしかった。
焼き魚に関しては芽乃ちゃんが皮や骨を綺麗に取って食べやすくしていた。
普段から綾子に厳しくされているからか行儀が良く食べ方も綺麗。
俺は納豆を星司にあげたものの、その日のごはんは納豆スメルが充満し、ただただ気分が悪かった。