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2-6 ♡ 思わせぶり?

奥湊ではじめてすごす夏祭りは地元よりも少しこぢんまりとしていたけれど、空気もおいしくてゆったりと時が流れていって新鮮で楽しかった。

買ったばかりの浴衣を着て気合を入れていってフレグランスも意識していった。

少し味気なかったけれど褒めてもらえて嬉しかった。

でも少し後悔している。

あのときは強がっちゃったけれど本当は欲しかった。

彼が射的をしている姿に見惚れながらもまるでカップルみたいな飾音ちゃんとの距離感に入ることができなかった。

あれから彼女はキーホルダーをバッグにつけていて、それを見ながら幸せそうにしているのを見るたびちょっぴり悔しくなる。

飾音ちゃんが彼を好きなのは見ていればわかる。

過敏になるしびっくりするくらい女の子の顔になるし。

相手は彼の幼馴染で私の大切なお友達。

でもこの気持ちを抑えることはできない。

海で助けられたときからなんとなく良いなって思っていた。

ううん、もう好きになっているのかもしれない。

でも彼は鈍感というかあまり恋愛する気がないような雰囲気にも見えた。

出会って間もないからまだわからないことだらけ。

少しずつでいいから彼のこと知りたい。

遊びに行ったり写真撮ったりして思い出をたくさん作っていきたい。

きっと私の立場とか気にして色々と気を使ってくれている可能性もあるけれどいまは同じ家に住んでいるんだし、ちょっとくらいいいよね。



「友遼くんこんにちは」


数日前、えなかからメッセージが来ていた。

てっきり撮影かと思っていたが違った。

行きたいところがあるようで付き合ってほしいそうだ。

最寄り駅に降りるとどっと人の数が増えた。

外国人や観光客が多くいて酔いそうになる。

この人混みはいまだに慣れない。

目的の場所に向かっている途中、何人かがえなかに気づいた様子でスマホを見ながら照らし合わせている。

案の定、えなかに気づいた人がざわついていたがそれでも彼女は慣れているのか堂々としている。

勝手な憶測だが、いちいち人目を気にしていたらやっていられないのかもしれない。

念のため変な噂が流れないようえなかに一言添えてから一定の距離を保って歩いた。

この街に来るのは久しぶりで、高校生になってからは来た記憶がないからマップを見てもいまどこにいるのかわからない。

東京都民と言っても島育ちの俺からすると、埼玉中心部出身のえなかの方が東京の街やトレンドに詳しい。

裏通りにあるアパレルで色々と試着をしているえなかに付き合う。

フェミニンなものからカジュアルなものまで着こなしていてどれも似合っていた。

その後しばらく歩いたが、人混みに紛れているだけで疲れが溜まっていくのを感じたので休憩を提案すると、「行きたいところがあるの」と言われたのでついていくことにした。

着いた場所は路地裏の角にあるカフェ。

黒で統一された店内はおしゃれすぎて、こういう店と無縁の俺にとっては足を踏み入れることを一瞬(はばか)らせる。

店内に入ろうとすると、「ちょっと待って」と言って外観を何度か撮った。

店内は満席状態。

夏真っ只中だが今日は日差しがなく風が心地いいため、テラス席に座って注文を済ませる。

えなかの存在に気づいた周りのお客さんがじろじろと見ていて店内からも視線を感じる。

何人かは俺のことを見ながら何かを話している。

きっと関係性についてだろう。

マネージャーにしては若すぎるし同業者という感じでもない。

ただの友達か彼氏とでも思っているのだろうか?

後者に思われているのなら男として誇らしいが、いまは前者と思われている方がいい。

奥湊に越してきたばかりなのに変な噂を流されて彼女が居づらくなったら可哀想だから。

それにしても知らない人にじろじろと見られるのはあまり良い気分じゃない。

有名になるっていろいろと大変なんだなと少し感じた。

ドリンクとピザが届くと彼女は何度もアングルを変えながらスマホを向けている。

自分のドリンクを飲もうとしたとき、誤って俺の手が映ってしまった。


「ごめん」


「いいの」


「いや、でもこういうのあれだろ?『忍ばせ』ってやつになっちゃうんじゃね?」


「『忍ばせ』じゃなくて『匂わせ』だよー」


優しく微笑みながら訂正するえなか。

いつもは食い気味にツッコまれたりときには蹴りが飛んでくるから、少し変な感じだったがほっこりした。

彼女のような立場の子が『匂わせ』というものをして良いのか疑問に思ったが、そんなこと気にさせないくらい楽しそうに何度も撮影していた。

まだ時間があったので緑色の看板の有名なカフェでコーヒーをテイクアウトする。

期間限定のものが出ているようで外まで行列ができていた。

作業や仕事に夢中の人ばかりだったせいか、意外にも誰にも気づかれずにテイクアウトしてコーヒーを飲みながら散歩する。

奥湊ではこのカフェに行ったと言うだけで、芸能人に遭ったくらいに盛り上がることを話すと、転校してくるときに買っていこうかなと話していた。

通りを歩いていると、前を歩いていた人たちが何か指差しながらテンションが上がっている。

その方を通行人がスマホを向けている。

顔を覗かせると、去年の年末の漫才大会で人気となった芸人がコンビで歩いていた。

大阪から上京してきたばかりの仲良しコンビらしい。

スタッフらしき人がいなかったのでどうやらプライベートのようだ。

えなかは他の人たちと同じように彼らを見ながらテンションを上げている。

ただ気持ちがわかるのかスマホを向けることはしなかった

その後駅前のドーナツ屋でもいくつかテイクアウトして二人で食べ歩きする。


「えなかも普通の女の子だな」


「どういう意味?」


両手でドーナツを持ちながら小さな口で一口食べこちらを向いた。

くすっと笑いながらもどこか楽しそうなその表情い一瞬ドキッとした。


「芸人見てテンション上がって、チェーンのカフェ行ったりドーナツ屋に行ったり。もっと芸能人御用達の高級店とか一限さんお断りの店しか行かないのかと思ってた」


「私そんなお高い人に見えてたの?チェーンのカフェだって行くし、普通にファストフードだって行くよ。なんなら大好きだし」


そうだよな、最近まで普通の高校生だったんだから。

それでもさすがに電車はあまり乗らないようにしているそうだ。

つきまとわれていたときの恐怖心が蘇ってきてしまうから。


「友遼くんは飾音ちゃんといつから知り合いなの?」


飾音とは小さいころからずっと一緒にいる。

実家が近かったこともあるし親同士も知り合いだったから自然と一緒にいた。

きょうだいというか家族のような存在。


「物心ついたときには一緒にいたと思う」


「本当仲良いよね」


「幼馴染だからな」


「羨ましいな」


羨ましい?

すぐいじってくるし、暴力的だし、急に不機嫌になるし。

そんな飾音との関係のどこが良いんだ?


「私の知らない友遼くんをいっぱい知っているんでしょ?」


「まぁそうだけど、昔からこんな感じだぞ?」


「何も変わってないの?」


「身長が伸びて少し頭が良くなった」


「友遼くん面白いね」


ボケたつもりはなかったんだが、まぁいいか。

しばらく歩いているとゲームセンターを見つけた。


「ねぇ、友遼くんてゲーム得意?」


射的ほど得意じゃないがある程度はできる。

とあるテレビで放送されて人気が出たキャラがあり、その中の小さなしろくまを見ている。

瞳の奥からきらきらが見えてくる。


「欲しいのか?」


小さな子供のようにこくりと頷く。

男は見栄を晴る生き物。

意味もなくかっこいいところを見せたいと思うのが男。

お金を入れた後、ボタンを押してアームを操作する。

一回目はかすっただけで持ち上げることができなかった。

二回目は一瞬つかんだが握力が弱くてすべってしまった。

その後、何度かチャレンジするもなかなか上手くいかなかった。

えなかが申し訳なさそうにこちらを見ていたので、「ラスト一回だけやらせて」とお願いした。

これ以上使うと帰りのフェリー代が足りなくなってしまう。

一度筐体(きょうたい)を見て落下口に落ちるイメージをした後、心の中で深呼吸する。

ボタンを押すとアームが徐々にしろくまと距離を縮める。

ボタンを離したとき失敗したと思ったが、うまく掴んでくれてアームがそのまま落下口に落ちた。


「すごい!」


彼女が飛び跳ねるように拍手してくれた。

ハイタッチした後、景品を渡すと、「ありがとう」と満面の笑みでそのしろくまを胸にかかえていた。


あっという間に奥湊に戻る時間になったのでフェリーのある最寄り駅の近くで降りてしばらく歩いていると、えなかの様子がおかしいことに気づいた。


「どうした?具合でも悪い?」


スマホを取り出し、メモを見せてきた。


(誰かにつけられてるかも)


周囲を見渡すがそれらしき人は見当たらない。


(帽子被ったショルダーバッグ背負っている人)


さりげなく振り向いてみると確かにいた。

一瞬だったし少し距離があったためよく見えなかったが身体の大きな人が一定の距離を保って歩いている。

帽子を目深に被り、チェックシャツにチノパン。大きめのショルダーバッグを背負った恰幅の良い男だ。

俺もスマホを開いてメモを見せる。


(ストーカー?)


(たぶんだけど、以前から私を応援してくれてる人だと思う)


今日のことはどこにもアップしていない。

ということは他の人のタイムラインを見たか、偶然見かけて追いかけてきたことになる。

いずれにしても危険。

本当につけられているのか確かめるため、近くのスーパーに入り売り場の隙間に隠れ相手の動きを観察すると、商品ではなくえなかを探している様子だった。


間違いない。

バレないように上手く身を潜めながら店を出て、フェリーの方向に向かって一気に走り出す。

赤信号で待っている時間も惜しかったので歩道橋を使って反対側に回った。

やつの姿は見えない。

きっとうまくやりすごせたのだろう。

いまのうちにフェリー乗り場まで向かおうとする。


「どうして逃げるの?」


いつの間にか待ち構えていた。

一日四本しかない島への道。

フェリーの出発時間はだいたい把握しているがまだ到着していなかった。

波や天気によって多少の前後があることはわかっていたが、今日の限って大幅に遅れている。


くそ、こんなときに。


「いままで僕が費やしてきたお金はすべてこいつのために使ってたの?その手に持ってるぬいぐるみはその男からもらったの?」


えなかが胸に抱える小さなしろくまのぬいぐるみを見ている。

その目からは怨恨(えんこん)めいたものを感じた。


「あんた、だいぶ被害妄想強いな」


「なんだと?」


「お金を使うかどうかを最終的に決めたのはあんた自身なんだろ?自分のものにならなかったからって逆ギレしてるだけじゃん」


俺の言葉を無視するようにその男がえなかに話しかける。


「そいつは誰?まさか、彼氏とか言わないよね?」


「もし彼氏だったらどうする?」


(ちょっと、友遼くん)


静止しようとするえなかに大丈夫と言って続ける。


「本当なの?こんなやつが彼氏なの?」


変わらずえなかに向けて話続けるその男だったが、怯えているえなかを見て被せるように言葉を放つ。


「俺からしたらあんたの方が『こんなやつ』だぞ」


「おまえ、さっきから何なんだよ。大人をバカにするのも大概にしておけよ」


何歳(いくつ)か知んないけどさ、JKに本気になるあんたもどうかと思うけど」


その男はさきほどよりも鋭い表情になり、バッグから何かを取り出した。


(ナイフ⁉︎)


心の声がかすれた声となって漏れてしまった。

なんでそんなもの持ってんだよ。


「えなかは僕が幸せにするんだ。他の誰でもない。世界で一番愛してるんだ。そのためにえなかの好きなものや苦手なもの全部覚えたし、貯金もすべて使った」


愛情が大きければ大きいほど憎しみに変わったとき人は恐ろしい行動をする。

ましてやそれが一方的だとより重たいものとなる。

裏切られたという憎悪の気持ちがすべての感情を包み込むのだろう。

それだけ愛と憎しみは表裏一体ということなのだろうが、この状況は非常にまずい。

よりによってその男は身体が大きく背丈もあった。

鍛えられているというよりふくよかな体型で突進されてきたら吹き飛ばされてしまう。


「えなか、こっちにおいで。僕はきみを傷つけたくない」


「だったらその手に持っているものを捨てろよ。脅してる状態でそんなこと言っても説得力ねぇよ」


「おまえ、さっきからうるさいんだよ!僕に指図(さしず)するな!」


「えなかのこと本当に想ってるなら彼女が傷つくような真似しないほうがいいと思うけど」


「だから僕のもとにくれば傷つけない」


「そうじゃねぇよ。あんたはすでに彼女の心を傷つけてる。てめぇの欲のために恐怖心を植えつけて、それは愛でもなんでもない。ただの恐喝だ」


「黙れ!えなかは僕のものだ!」


「人をもの扱いするなんて、あんた終わってんな」


再三の俺の言葉に血管が切れたその男は「あぁー!」と言いながら一気に突進してきた。

俺はえなかの前に立ち、両手を広げながら彼女を守る。


背後からブォーという汽笛が聴こえてきたと同時に視界が暗闇に包まれた。


「いやー‼︎」


えなかの悲鳴が辺りにこだまする。

その声に反応するかのように波がざぁーっと揺れた。

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