2-5 ♪ 素直になれなくて
最近、夜になると急に寂しくなる。
勉強は手につかないし、頭の中はいつもあいつのことばっか。
なんでこんなに考えてしまうんだろう。
物心ついたころから一緒にいて星司くんが来てからもそれは変わらなくて、ハルの横は私だった。
私は他の誰も知らないハルを知っている。
小さな虫に怯えて、納豆が嫌いで子供みたいにわがままを言う。
口悪いしすぐ調子に乗るし意味もわからずテキトーな横文字を使うし。きっとラグーナ・ブリリアの意味もわかっていないんだろうな。
無駄に運動神経良くて変なところでプライド高くて。
ガサツだし偉そうだし、エッチだし。
学校でも先生に迷惑ばっかかけているし、綾子さんにも失礼なことばかり言うくせにここぞってときにかっこいいことしてくる。
この前の射的だって簡単に取ってくれた。
正直。物なんてなんでもよかった。
ハルが私のために真剣になってくれたことが嬉しかった。
恥ずかしくて見られたくないから、いままで取ってくれた景品は奥の棚に隠している。
これは私の宝物。
ハルを意識しはじめたのは小学生のとき。
あの日フェリーの時間を間違えて島に帰れなくなった。
ハルもすっごくこわいはずなのに「大丈夫」と言ってくれて、笑わせてくれて守ってくれた。
こんなにも頼もしい一面があることを知ってから見る目が変わった。
中学生のとき一度告白しようか迷ったことがある。
けれど、いまの関係性が壊れるのがこわくてできなかった。
それでも好きな気持ちを抑えられないから、できるだけ意識しないよう予定を詰め込んだ。
勉強に部活に女子会。
とにかくぎっしり予定を詰めて寂しさを紛らわせた。
高校に入るタイミングでお父さんと喧嘩してラグーナに住むことになったことでハルとすごす時間が増えた。
朝の気だるそうな感じや相変わらずデリカシーのないところを見ても引くことなくむしろかわいいと思えた自分がいたことでやっぱり好きなんだなって感じた。
でも素直になれない自分がいる。
本人を前にするとどうしても強がっちゃう。
それはもなちゃんが来てからも変わらない。
けれど、もなちゃんはハルに対して、ううん、誰に対しても同じ接し方ができる。
羨ましいと思いつつも素直になれない自分に苛立ちつつ、もなちゃんとの距離が縮まっていくんじゃないかと思うとモヤモヤが肥大していく。
たぶんもなちゃんもハルのことが好き。
だから夏祭りのときには気合を入れた。
かわいいし大好きだけれど負けたくない。
私の方がハルとの時間は長いし、好きな気持ちは誰にも負けない。
ハルが他の子と楽しそうにしている姿を見ると胸がきゅっと締め付けられる。
鈴虫の鳴く音も風に揺らぐ木々もここから見える夜の奥湊の海も大好きなはずなのにどこか物足りない。
もなちゃんのようになれれば白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるのかもしれないけれど、誰かに甘えることも頼ることも苦手な私にはきっと来ないし、ハルが私の王子様であってほしいと願っている。
恋愛なんてまともにしたことないし、好きな人の前ではどうしていいかわからなくなる。
そんな自分が嫌いだ。
そう思うと居た堪れなくなった。
ずっと気持ちを抑えてきたけど、やっぱりダメみたい。
「かじゃね〜ん」
髪を揺らしながら小刻みに走り迎え入れてくれたのは芽乃ちゃん。
彼女とは小さいころからハルと三人でゲームしたり水遊びしていたから実の妹のように可愛がっている。
私たちの親と綾子さんが知り合いだったこともあってラグーナに住む前からよく遊んでいた。
今日は綾子さんがお友達とランチをする日。
いつも私たちのためにプライベートを削ってくれているからたまには息抜きしてほしくて提案した。
と言っても今日はみんな予定があって外出しているし、夕方には帰ってくるって言っていたからとくにすることはないのだけれど。
芽乃ちゃんと一緒ににお昼ごはんを食べた後、私の部屋でガールズトークをすることになった。
「それかわいいね。買ったの?」
スマホケースが好きなアニメのキャラのものに変わっていた。
「この前、星司とお話したときに覚えててくれてね、買ってきてくれたの」
えへへと笑う芽乃ちゃんは天使のようにかわいかった。
誕生日でもないのにそんなあざといことをするなんて星司くんはとことん罪な男だ。
こういう人を好きになったら苦労する。でもこんなに幸せそうな顔を見ていたらやめておきなよなんて言えなかったし、そんなことで気持ちは変わらないくらい星司くんのことが好きなのを知っている。
残念だけれど芽乃ちゃんの恋はきっと叶わない。
それは本人もなんとなくわかっている。
だって星司くんは三次元女子に興味がないヲタクだから。
ハルは気を使って言わないようにしているみたいだけれど、本人も公言しているし長いこと一緒にいたら誰だってわかる。
「やっぱりかっこいいな」
星司くんが体育の授業のときにバスケでシュートを決める瞬間の写真を見ながら興奮している。
いつもふざけてばかりいる彼だけれど、こういうときの真剣な表情はとてもかっこいい。
汗で濡れる前髪と真剣な表情がその精悍な顔をさらにイケメンにしている。
「星司くんって黙ってたらかっこいいんだけどね」
と言いながらも私は違う人を見ていた。
シュートを決める瞬間の星司くんのことを見つめるハルだ。
高々とジャンプする星司くんの後ろで阿呆みたいに口をあんぐりさせている。
昔はこういうのをすぐにいじるのにいまの私はそれができない。
見ているだけで心がぽかぽかするから。
昔から知っていたはずの横顔とは違った大人の表情。
その真剣な顔はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ色気を感じた。
毎日阿呆なことばかりしている二人だけれど、星司くんがかっこいいのは事実で、生徒会の後輩からどうやったら近づけるか何度か相談を受けたことがある。
テストの成績はあまり振るわないけれど、コミュ力もあるし気遣いもできる。
何より女子を傷つけるようなことはしない人。
だからモテるのだろう。
彼を好きになった人はきっと苦労すると思う。
私にとってはただのクラスメイトでしかないから何も感じないけれど、後輩たちにはアイドル並みの人気がある。
授業中の阿呆発言などを言うと幻滅させてしまいそうなので、できるだけ夢を壊さないようにマイナスになることは言わないでおこうと思う。
「私みたいな子供、相手にされないのわかってるの。だからね、星司は永遠の推しでいいの」
星司くんがここにきたとき、芽乃ちゃんは一目惚れしていた。
日本人離れしたルックスでたまに見せる物憂げな表情はたしかにかっこいいと思う。
星司くんは昔、料理の得意な子が好きってボソッと呟いていたことがあって、その日から芽乃ちゃんは綾子さんのことを手伝うようになった。
当時はまだ小さかったから簡単なものしかやらせてもらえなかったけれど、それでもスマホでレシピを見たり、綾子さんの料理している姿を動画に収めて勉強している姿は健気でとても可愛かった。
そんなまっすぐな芽乃ちゃんがちょっぴり羨ましく思える。
私もハルのタイプに近づけようとしたけれど、理想ばかりが積み上がっていってなかなか思い通りにいかないことばかり。
やっぱり素直な子はかわいいし強い。
見習わないといけないと思いつつ一歩が重たい。
そんなことを考えていると、突然、誰かが部屋の扉を開けてきた。
「飾音、いたなら返事してくれよ」
ノックもせずに入ってきたハルに対し、まるでケモノを見るような眼で睨みつけた。
「乙女の部屋に黙って入ってくるとか、ほっんとデリカシーない」
「ハルくん、ここは男子禁制です。ママに言いつけるよ」
ぷくっと口を膨らませながら芽乃ちゃんも一緒になって睨みつけた。
「予定がなくなったから早めに戻ってきたら誰もいねぇんだもん」
だからって勝手に入ってくるとかありえないから。
ハルには今度、女心とデリカシーについて啓蒙活動したほうが良いかもしれない。
「綾子は?」
「お友達とランチ行ってる」
「そっか。腹が減ったから何かないかなって思ったんだけど」
「たまには自分で作りなさいよ」
「えー、めんどくせーじゃん」
「そんなんじゃお婿さんに行けないよ」
「なんで婿入り前提なんだよ」
「だってハルくんをもらってくれる人なんて、かじゃねんしかいないし」
「ちょっと芽乃ちゃん!」
急に何言ってるのよ。
これじゃあ私がハルのこと好きって言っているようなものじゃん。
「俺は飾音がいれば十分だけど」
それどういう意味?
私がいいってこと?
私しかいないってこと?
なんでそんな真顔なの?
「ハルくんはかじゃねんのこと好きでしょ?」
「あぁ」
無表情のままそう答える彼に鼓動が早くなる。
それどういうこと?
好きってどっちの意味?
幼馴染として?
それとも……あーもう、混乱させないでよ。
「こんなガサツでだらしなくてヘンタイなやつ誰ももらってくれないもんね」
嬉しいはずなのにどうして素直になれないんだろう。
そう、ガサツでだらしなくてデリカシーなくて。
阿呆なくせしてプライド高くて頼りなくて巨乳好きで。
好きなことしかしないしすぐだらけるし。
いたずら好きなくせして小さな虫にも怯える。
そっけないかと思ったら急に優しくしてくる。
誰よりも友達思いで、そのためなら後先考えず突っ走るような人。
昔っからそう。何一つ変わらない。
良いものはすぐに受け入れる自分に素直なところ。
そんなところが私は……って、もう!
なんでこんなに考えてんのよ。
「芽乃はね、かじゃねんとハルくんが結ばれてほしいって思ってるの」
ちょっと、本人の前で何言ってんの?
耳がかぁっと熱くなったことがバレないよう目を逸らして髪を整えた。
「なんでそう思うんだ?」
「だってね、二人は昔から仲良いでしょ?たまに喧嘩もしてるけど、結局一緒にいるし、お似合いだし」
「まぁ幼馴染だからな」
「ハルはきっと私みたいなかたい人じゃなくて、もなちゃんみたいにスタイルが良くて落ち着いた子が好きなんだよ」
そう、あいつが見ているのは私じゃない。
私は幼馴染という枠から抜け出すことはできないんだ。
「そうかな、お似合いだと思うけど」
ダメ、これ以上心の声聞かれたら沸騰しちゃう。
「ってか飾音の部屋久しぶりに入ったけど、案外シンプルなんだな」
「勝手に見るな。訴えるよ」
「昔よく実家に行ってただろ?あのときはもっとカラフルというかピンク系だった気がしたから」
「昔はピンクが好きだったの。ってかじろじろ見ないでよヘンタイ」
「なんでそんな怒ってんだよ」
「いいから出てって」
これ以上見られたらもらった景品隠していることバレちゃうじゃん。
「腹減ったー」
「冷蔵庫に煮物あるからチンして食べて」
「朝から何も食べてねぇから足んねぇって」
「レトルトのハヤシライスもあるからテキトーに食べなさい」
そう言って強引に追い出した。
「かじゃねん、楽しそうだったね」
「もう、やめてよ」
恥ずかしくて燃えちゃいそうだから。
「かじゃねんの気持ちはどうなの?」
「えっ?」
「芽乃はかじゃねんの気持ちが知りたい」
本当は口にしたい。
でもやっぱり彼の気持ちを知ってからにしたい。
でないといままで積み重ねてきた気持ちに整理がつかないから。
勝手に女子の部屋に上がりこんだり、服も着ないようなデリカシーのないやつでも私にはハルが必要なの。
「かじゃねんいっつもハルくんのこと目で追ってるし、この前なんてえなかちゃんと楽しそうに話してるところ見て元気なかったよ」
芽乃ちゃんには気持ちがバレていた。
無神経でバカなことばっかりやって何考えているかわからなくて。
でもいざっていうときに頼りになる。
推しなんて存在じゃ足りない。
やっぱり私はハルのそばにいたい。
ハルのことが好きだから。
「いまはこの関係でもいいの。芽乃ちゃんだって私とハルが気まずくなったらイヤでしょ?」
「うん」
強く頷いた彼女を見てやっぱりこの関係は壊したくないって思った。
仮に告白できたとして、それでもしフラれたら次からどういう顔して会えばいいかわからない。
それにできれば彼の方から告白してきてほしいと思うのが女の子の本音。
「それにしてもハルくんって鈍感だよね」
「たしかに」
二人で目を合わせて笑い合っていると、
「ぶえっくしょん‼︎」
リビングからおじさんみたいなくしゃみが聞こえてきた。