act.6 あたたかな食事
パチパチという炎の音。なにかが焼ける音。
ふわりと広がる、香草と魚の香りが鼻をくすぐる。
少しだけ体を動かすと、お腹に重みを感じた。
ゆっくりと目を開くと、そこには大粒の雨を降らすずぶ濡れの顔があった。
「うぅぅぅううううことはぁあぁぁぁあ~!!」
ぎゅむぎゅむと強く強く抱きしめられる。
「う……梨佳……く、くるしい……!」
そうつぶやくと、眼の前の大雨はさらに強く迫ってきた。
「もうおぎないがどおぼっだぁあぁあああぁ!!」
泣きじゃくる少女を見て、焚き火の傍で笑い声が響く。
「っハハ!大袈裟だねえ。おはよう、琴羽ちゃん。」
サバサバとしているが、優しい声色で女性は笑う。
状況を整理できない私は、その存在に声を掛けた。
「店長……これはいったい……?」
「あぁ。あの後琴羽ちゃん気ぃ失っちゃってねえ。ここまで運んだのさ。そしたらそこのハムちゃんがギャン泣きしちゃってねえ。大変だったよ」
ハムちゃんと呼ばれた少女が、身振り手振りで反論する。
「ぐすっ……もう~!桐絵さん!ハムちゃんじゃないですよぉ!誰だって気絶したーなんて言って連れてこられたら焦っちゃいますって~!」
桐絵と呼ばれた女性は、ケタケタと笑って手で{ゴメン}のポーズをしている。
「さ、ちょっと早いけど朝飯にしようか。」
簡素なテーブルに並べられた食事は、お世辞にも豪華には見えなかったが、
焼けた魚と香草の香りが、強く食欲をくすぐる。
「「「いただきます」」」
声が重なると同時に、クスリと笑みがこぼれる。
箸を入れると、外側の皮がパリッと音を立て、ふわりと湯気が立ちのぼる。
焼き色のついた身は、まるで絹のようにほどけるほど柔らかい。
そっと口に運ぶと、じんわりと広がる 淡白な甘み と、ほのかな 炭火の香り。
噛むごとに、ほんのりとした塩気と 香草の爽やかな風味 が鼻を抜け、
「美味しい……」
と、思わず声がこぼれた。
目の前の少女が、ぱあっと嬉しそうに笑う。
「えへへ、よかった~!葉っぱは桐絵さんにもらったやつなんだ~!」
得意げに胸を張る彼女を見て、思わず喉の奥が熱くなる。
こうして作られた食事を、私は今、食べている。
温かく、優しく、そして──生きている実感がする。
「しかも焦がさなかったの!すごいでしょ~!」
得意げにえっへんと胸を張る梨佳。
アニメや漫画であれば、耳のように髪がピコピコ動いていただろう。
「梨佳が焼いたの……?」
眼の前のえっへんはさらに大きく胸を張った。
「ホントは焦がしかけてたけどね」
店長の意地悪そうな声がした刹那、えっへんは大きく揺らめいた。
「あぁぁぁっ!?桐絵さん~~!、それは言わないでくださいって~~!!!」
わたわたと慌てる元えっへんの横で、私は小さく笑った。
穏やかな時間が流れる。
あたたかい食事。温もりのある会話。
こういう時間が、ずっと続けばいいのに───
食事を終え、後片付けを済ませると、すっかり朝の光が差し込んでいた。
「そろそろ学校行かないとね~」
伸びをしながら梨佳が呟く。
学校。
昨日の夜の出来事を思い出すと、ほんの少しだけ足がすくむ。
けれど、それを悟られたくなくて、私は静かに制服に袖を通した。
「今日も一日頑張るぞー!」
「……うん。」
二人で並んで歩き出す。
けれど、いつもの道の途中、ふと妙な視線を感じた。
振り返る。
けれど、そこには誰もいない。
安堵し瞬きをした瞬間、瞼の裏にうっすらと人の形の輪郭が浮き上がった。
「えっ……?」
思いがけない恐怖に、足元が竦む。
戸惑いの声に反応するように、梨佳がそっと私の制服の裾をつかむ
「ことは?どしたの?」
「……ううん、なんでもない。」
気のせい。
そう言い聞かせて、私は前を向いた。
でも、ふとした違和感が、胸の奥に引っかかる。
まるで、誰かに見られているような──
それが、ほんの小さな異変の始まりだった。