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言の葉の憧憬  作者: 九重 ゆりか
言の葉の憧憬
5/16

act.5 いきていくということ

雨も晴れ、二人分の制服を風通しのよい所に掛け直す。

梨佳は、服も整えないまま毛布にくるまって寝息を立てていた。

簡単な服装に着替えてから、

ペットボトルで作った雨水収集器の中身を水筒に詰め、ネオンライト輝く街へと歩き出す。

様々な明かりが輝く中、仄かに珈琲の香りが漂う、少しだけ地味なお店の中に入る。




「おはようございます、店長」



店長と呼ばれた少し身長の高い細身の女性がこちらを向く。


「お、来たね琴羽ちゃん。……って、またケガしてるじゃないか。」


塞がったばかりの腕と頬の傷を見て、やれやれといった表情で見つめてくる。


「……仕事には、支障ありません。」


「そういう訳にもいかないだろう?ほら、こっちおいで。」


傷の無い部分を優しく掴み、防水バンドエイドを貼り直していく。


「また、”あの夢”を見たのかい?」


無言で頷くと、店長はぽんぽんと頭を撫でた。


「何度でも言うが、琴羽ちゃん、辛かったら、仕事じゃなくてもここに来ていいんだからね」


カワイイから、客にも評判良いんだと店長は笑う。

ぎこちなく、その笑顔に合わせてニコリと笑ってみる。


仕事用の服に着替え、店の掃除を始める。

どこか地味な店でも、内装の一つ一つにはこだわりが光る調度品が並んでいる。

店長の趣味らしいが、私もちょっぴり好きだったりする。


そんな事を考えていると、入店を知らせる鈴が、りんと鳴った。


「いらっしゃいませ。」



私のもう一つの一日が、始まる。








窓の外のネオンが一つ一つ消えていき、夜が消えていく。


「おつかれ、琴羽ちゃん。今日はもう閉めようか。」


店長の一言に頷き、店内の椅子を片付けていく。

クローズ作業を終えて着替えを済ますと、店長が封筒を持って来た。


「これ、今日の分。雨上がりだからか、少し忙しかっただろう?多めに入れておいたからね」


少しだけ重みを感じる封筒を受け取った。

目を丸くしていると、店長はケタケタと笑う。


「これで梨佳ちゃんと美味しいものでも食べな。あ、二人でウチに遊びに来てくれてもいいんだよ」


梨佳とここに来て、のんびり食事が出来たら。どれだけ幸せだろう。

そんな事を考えながら、深くお辞儀をして店を後にした。



店を出ると、朝露が頭のてっぺんを刺激する。

雨上がりの空は鈍い色を放ちながら街を染めていた。


そんな中、ふと誰かの足音が聞こえてきた。

それは心做しか少しずつ近づいているようにも聞こえた。

心がざわつくような、鈍い不快感を感じながら、私は逃げるように路地裏へ小走りで進んだ。


路地裏は薄暗くも、白んだ夜が辺りを仄かに照らしている。

足音は、もう聞こえなかった。


ふぅ、と一息着いた刹那、背後に気配を感じた。



「君、この店の子だよね?」



ぴくんと体が跳ねる。

聞いたことのある声が、後ろから聞こえてくる。



「今日の接客、たどたどしくても可愛かったよ。ねね、お金に困ってるんだろ?ちょっと”手伝って”みないか?」


嫌な汗が、頬を、背中を伝う。


「ごめん……なさい。急いで……帰らないといけないから……ひっ」


振り向くと、既に手の届く距離まで近づいていた存在に驚き、尻もちをついてしまった。


「あらら。大丈夫ー?またケガ増えちゃうね、よしよし」


じっとりと汗ばんだいやな温もりが、頬を撫でた。

怖い……声が……出せない……



「震えちゃってる、可愛い…………」



凍えた唇に指が触れる。その温もりは、口の凍えを温めることはなかった。

指が首筋、胸元、脚へとスライドしていく。

涙が溢れてくる。紡げない言葉に苛まれ、体も言う事を聞かない。


誰か……たすけ────




「──あんた、そこで何してんだ?」


「きっ、桐姐さんっ!ち、ちがうんだ、これは──ぐぁっ!?」


眼の前に覆いかぶさっていたものは、真横の壁に吹き飛んでいた。


「て、店長……すみません」


「全く、ウチの客が失礼したね。ケガは無いかい?」


その言葉に小さく頷くと、店長はニコリとした後に転がっている物に鋭く目を向けた


「ウチの店の裏手でよくもまあ。覚悟は出来てんだろうね……って、逃げ足は速いようだね。」


気づくと、負傷した腕を押さえながら走り去る影が見えた。

緊張が解け、曇った空が視界を覆う。


何も抵抗出来なかった。

誰かに助けを求めたかった。けれど、言葉が凍りついてしまった。

助けが来なかったら、今頃……



頬を雫が伝う。それが雨露だったのか、涙だったのかは覚えていない。

雫を拭う温もりを感じた刹那、私の意識は溶けていった。


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