act.4 ぬくもり
帰り道は、雨の音しか聞こえなかった。
お互いに話しかけられないまま、家に着く。
濡れた髪が私の頬に絡みついて離れない。
濡れた制服を壁に掛け、体のしずくを拭き取る。
肌が居心地の悪さを象徴しているかのように冷たく感じる。
自らの体を抱え、ふと視線を前に向ける。
眼の前の少女は濡れた制服のまま座り込んでいる。
震える肩に、そっと手を添える。
小さな体が、ぴくんと跳ねる。
「梨佳……さっきは……ごめんね。」
不意をつかれたハムスターのようにびっくりした顔を見せる梨佳。
それも束の間、目元からぽろぽろと涙が零れ出す。
その涙をくしくしと拭って、赤みを帯びた目元で笑う。
でも、その笑顔はすぐに崩れて、また涙がこぼれた。
「やっと、ことはから話しかけられちゃった」
そういえば、会話を切り出すのはいつも梨佳だった。
私から話しかけたことは……まだ。無い。
話しかけようとすると、口が凍てついてしまったかのように動かなくなってしまう。
「ねえ、ことは」
冷え切った指先が重なる。
「あたし、ことはの声、好きだよ。もっと、もっと聞きたい。たとえそれが、ことはにとって苦しいお願いだったとしても……あたしは、この気持ちは諦めたくないんだ。」
重なった指先が、小さく震える。
目元からは再び涙が零れ落ちている。
「梨佳……」
押し寄せる、言葉を紡ぎ出す事への恐怖。
それでも、この言葉だけは、絶対に伝えたい。
もっと、言葉にしたいことはたくさんあるけれど
凍てつく唇を必死に震わせ、私は……
「ありがと」
精一杯だった。胸にあふれる、この気持ちを伝えるだけで。
その小さな一言は、十分に目の前の少女の心を温めた。