act.2 ゆめ
どこまでも続く深い闇の中、私は目覚める。
辺りを見渡すが、何もない。
またか……とだけ心の中で呟く。そして、前も後ろも分からない深淵へと歩きだす。
深い闇の夢。そう、ここが夢の世界である事を私は認識している。
幼い頃から定期的に見る不思議な夢。
ここには、視認出来る情報は一切無く、うめき声や笑い声、鳴き声、ひそひそ話をする声といった音が延々と広がっている。
頬をつねってみたり、自分をたたいてみたりもしてみたが、夢から覚めるには至らなかった。
だが、夢から覚める時に必ず聞こえてくる、音の法則があった。
その法則を見つけ出す為に、毎回こうして闇の中を歩いている。
「お前なんて産──」
「あなた、とても気───わ」
「──んでしま───のに」
私をとりまく声は、次第に大きくなっていく。
その中には、私の声も混じっていた。
「私だって────れてきた訳じゃない」
「じゃあ教え──────ねる方法を」
吐き気を催す程憎悪に満ち溢れた私の声が脳を支配する。
私は、声に反論するべく声を上げようとした。
しかし、私の口から発する言葉は、音として響くことなく
全て闇に呑み込まれてしまう。
この夢の中の声に、声を掛けられないのだ。
悔しさと、切なさと、色々な感情がごちゃ混ぜになり、涙が溢れてくる。
私の心が崩れそうになったその瞬間、法則はやってきた。
怨嗟の無い、暖かな声。私が一番好きな声。
その声は私を闇から掬いあげ、ゆっくりと上昇していく。
安堵すると共に、私は闇の中の声に想いを馳せる。
「そん────いよ」
─────────────────
次に目を開くと、夕暮れの教室だった。
無意識に引っ掻いていたのだろうか、腕や頬に鋭い痛みが走る。
「ことはっ…………?」
震えた声に、私はゆっくりと顔を上げる。
笑顔が特徴的な彼女の表情は、暗く曇っていた。
私に触れるその手は、荒くなった呼吸のせいでひどく震えていた。
じっとりといやな熱が滴る。汗と涙と血が入り混じり、頬を濡らしていた。
狂おしく愛おしい声が私の名を呼び続ける。
私はそれに応えるように、少しずつ身体を起こしていく。
───が、途中で緊張の糸がプツリと切れたように、
大きく横へ身体が倒れてしまう。
柔らかな感触と、だいすきな香りと共に
私の身体は動きを止めた。
「ことは……もう───」
大丈夫だよ、と言いたかったのだろうか。
言葉が掠れて、聞き取ることは出来なかったけれど
紡がれなかったその言葉は、
私の胸を 深く満たしていった。