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言の葉の憧憬  作者: 九重 ゆりか
言の葉の憧憬 act.0-灯が消えた理由-
16/16

キラキラなまいにち

琴羽がどのようにして言葉の灯を失う事になったのか。

梨佳はどのようにして琴羽に惹かれ、支えていく事を決めたのか。

過去を紐解くお話です。



「ことはちゃん、今日はおままごと係ね〜!」


「はーい!」


胸の前でぎゅっとエプロンの紐を結んで、私は大きな声で返事をする。

先生が笑って頷いてくれたのを見て、ちょっぴり誇らしい気持ちになる。


「じゃあ、ことはがお母さんで、わたしがお姉ちゃんね!」

「えー、じゃあぼくがペット役ー!」


ごっこ遊びの輪が広がっていく。

私はにこにこと笑いながら、紙のお皿をみんなに配っていく。


「はーい、ごはんできましたよ〜!」

ちょっと大人っぽく言ってみると、みんなが「ありがとー!」って返してくれた。


それだけで、胸がぽかぽかする。


先生がにこにこ笑顔で私に言った。


「ことはちゃん、いつもお手伝いありがとね」

その言葉を聞いて、もっともっと嬉しくなった。


──私は、誰かの役に立つのが大好きだった。


「パパとママ、今日もおそいの?」

先生がそう聞いてきたとき、私は元気に笑ってうなずいた。


「うん!でも、おしごとがんばってるから、えらいんだよ!」


保育園でいちばん最後になっても、私は泣かなかった。

大好きなお父さんとお母さんが、いっぱいがんばってることを、私はちゃんと知っていたから。




つぎの日、待ちに待ったお絵かきのじかん。

私は、クレヨンでお絵かきするのが得意だった。

保育園に咲いてる綺麗なお花の絵を描いていたら、

机の下から小さなすすり泣きの声が聞こえてきた。


「……う、えぐっ……」


私はしゃがんで、その子の顔をのぞき込んだ。


「だいじょうぶ?」


目がうるうるしていて、ほっぺがほんのり赤くなってる。


「できなかったの……うまく、かけなかったの……」


ぽろぽろと、その子の目から涙がこぼれだした。


「そっか……でも、いっしょにやったらきっとできるよ!」


私はにっこり笑って、ピンクのクレヨンを差し出した。

その子──梨佳ちゃんは、驚いたように目を瞬かせたあと、小さく笑った。


「……ありがと……がんばる…!」


なんだか、心があったかくなった。



その日から、梨佳ちゃんは私のあとをよくついてくるようになった。

お外遊びのときも、お昼寝のときも、気づけばとなりにいる。


すぐ泣くし、すぐ転ぶし、発表会の練習ではぜんぜん声が出なかったりするけど、

それでも私が声をかけると、梨佳ちゃんはきちんと笑ってくれる。


「ことはちゃんがいると、できる気がするの」


そんなふうに言ってくれる子なんて、はじめてだった。


私は、梨佳ちゃんと一緒にいるのが好きだった。

手をつないで歩く帰り道。

ふたりでわけっこするクッキー。

「また明日ね」って言われると、明日が来るのが楽しみになった。


毎日が、きらきらしていた。




とっても天気がいい日。

今日は、お父さんとお母さんと、三人で遊園地に行く日。


電車の中でも、お父さんはずっとふざけていて、

「次は〜琴羽駅〜、琴羽駅〜、降りるときは手を挙げてね〜」


なんてアナウンスごっこをするから、

私は笑いが止まらなくて、お腹がくすぐったくなる。


「パパ、ちがうよ〜、そこはまだ動物園じゃないよ〜」

「えっ!?動物園!?おい琴羽、ここって遊園地だったよな!?」

「そうだよ〜!パパまちがってる〜!」


私がケラケラ笑うと、お父さんも楽しそうに笑って、

その様子を、お母さんが少しだけ距離をとって見ている。


「ふたりとも、元気ね……」


お母さんが、ぽつりとそう呟いた。

でもその声は少しだけ、小さくて遠かった。


遊園地に着くと、まっさきに見えたのは赤い大きな観覧車だった。

保育園よりも、おうちよりも、なによりも大きい観覧車に、私の目は釘付けになった。


「あとであれ乗る!ぜ~ったい乗る~!!」


ぴょんぴょんしながらはしゃぐ私を見て、お父さんも一緒にぴょんぴょんしながら笑った。


「じゃあ一番てっぺんで、ヤッホーしよっか!」


「えぇ~!お山じゃないんだよ~!?恥ずかしいよ~!ね、お母さん?」


お母さんは、うん……とだけ返して、ケータイに映る自分の顔をじっと見つめていた。



お昼ごはんの時間になると、ベンチに腰掛けて、お母さんが作ってくれたおにぎりを食べた。

私はお腹がすいてたから、もぐもぐと夢中で食べて、ほっぺにごはん粒がくっついてしまって。


「ほら、ことは。ごはん粒、ついてるぞ〜」

お父さんが笑って、そっとそれを指で取ってくれる。


私はまたくすぐったくなって、「えへへ〜」って笑う。


その時、お母さんが、ふっと目を細めた。

笑っているみたいだった。でも、なんだかそれは……


すこし、さびしそうだった。

きっと、お腹が空いてげんきが出ないのかな?


「おかあさんもたべて〜!」


そういっておにぎりを差し出す。でもお母さんは少しだけ笑って


「……ありがとうね」


そう返してはくれたけど、

その声も、笑顔も、どこか遠かった。


気のせいかな、って思った。

でもあのときのお母さんの表情、

なぜだか、胸の奥が、きゅってなった。


────────────

時は経ち、桜の咲く季節。


今日から晴れて私も一年生。

私は、梨佳と同じクラスになった。


新しい教科書、はじめての筆箱、大きなランドセル。

全部がまぶしくて、ちょっとだけ不安だったけど、

教室で梨佳の姿を見つけた瞬間、不安はすーっと消えていった。


「ことはー!」


どんなものよりも、まぶしい笑顔で手を振ってくれる。

その声が聞こえるだけで、私はなんでもできるような気がした。


授業も、掃除も、給食も。

難しい勉強も、漢字の書き取りも、

梨佳と一緒なら、ぜんぶへっちゃらだった。



初めての授業参観の日。

クラスメイトのお母さんたちが教室の後ろに並ぶ。

ざわざわと騒がしい教室の空気が、少しずつ落ち着いていく。


私は、そっと扉の方を見る。


──いない。


どれだけ見渡しても、お母さんの姿はなかった。


でも、それでも私は、

自分の席に座って、きちんと背筋を伸ばした。


「……おしごと、がんばってるから」


小さく、誰にも聞こえないように呟く。


隣の席の子が、こっちを見て言った。


「え、来てないの?ママ」


最初はなんて言えばいいかわからなかったけど、私はにこっと笑って

「うん!おしごと中なんだ」


そう言って、胸を張った。


パパもママも、いつも私のために頑張ってる。

だから今日は、私がちゃんとしなきゃ。


──────


ある日の夕方。


「琴羽、今日はちょっと長くお留守番できる?」


お母さんが、そう聞いてきた。


「うん!」

少し大げさに、大きく頷く。


「お父さんにね、サプライズがあるの。絶対、内緒にしててね」

「うん、ないしょ!」


そう言って、いつもより可愛いメイクをしたお母さんは出かけていった。


キッチンに残っていた洗い物をがんばって片づけて、

ほうきでお部屋を掃いたり、クレヨンでおえかきをしたり。


二人が帰ってくるまで、いい子にしていようと思った。


時計の針が、少しずつ進んでいく。


いつもなら、もう「ことはー、ねるぞー」ってパパの声が聞こえる時間。

でも、今日はずっと静かだった。


お家の中は、テレビもついてなくて、

時計の音だけが、コチコチと響いていた──────



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