act.11 ほんとのきもち
病室のベッドに、私はそっと身を横たえた。天井を見つめる瞳には、先ほどまでの出来事が残像のように焼き付いている。
隣に座る梨佳が、静かに口を開いた。
「・・・よく、頑張ったね、ことは」
その言葉に、目を瞬かせる。温かくて、優しい声色だった。
「苦しかったでしょ。怖かったでしょ。それでも、ちゃんと伝えられたね」
「梨佳・・・」
指が、布団の上でかすかに震える。
「・・・梨佳も、すごく、頑張ったんだよね」
梨佳の肩がわずかに揺れる。
「・・・ううん。あたしは、ただ・・・ことはのために、って。でも、それで間違えたんだ」
苦笑とも悲哀ともつかない表情が、梨佳の唇に浮かぶ。
「言葉じゃなくて、力ずくで動かそうとしちゃった。でも、そんなの……ダメだよね」
自嘲するような声色で梨佳は言う。
私は、小さく首を振って、眼の前の震える瞳を見据えた。
「違う・・・梨佳は、言葉でちゃんと、動かしてた・・・ずっと・・・」
梨佳の目が、大きく見開かれる。
「私も・・・変われる、かな?」
不安に震える問いかけ。それを乗り越えたいという想い。
梨佳は息をのんだ。そして、私の手をそっと包む。
「・・・変われるよ。絶対に」
その確かな言葉に、喉が詰まる。
「梨佳は・・・」
それでも。絶対に伝えたい。
今のホントの気持ちを。
「過去でも、夢の中でも、そして今でも。ずっと・・・助けてくれた」
瞳を開き、まっすぐに梨佳を見据える。
「梨佳は、私の・・・お陽さまだから」
梨佳の唇が、わずかに震えた。
ゆっくりとまぶたを閉じる。
瞼の裏に広がるのは、漆黒の影たち。歪んだ姿の記憶、恐怖の象徴。今までずっと自分を縛りつけていたもの。
――もう、いいよ。
脳裏で、そっと告げる。影たちは波紋のように揺らぎ、そして静かに溶けていった。
影が薄れゆく中、私は再び目を開き、眼の前の震える少女に向き直す。
そして、私は。
「・・・今まで、ずっと、ずっと、支えてくれて、ありがとう」
眼の前の少女の瞳に、小さな雫が浮かぶ。
「それで・・・その・・・これからも、ずっと一緒に居たいって、心からそう思うの・・・。」
口元に指を添えて震える少女は、ぽろぽろと涙を零す。
「梨佳・・・大好きだよ」
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――その言葉は、嘘偽りのない、心からのものだった。
あたしは、それを聞いて息をのむ。
今まで、ずっとそばにいた。支えてきた。言葉にならない想いを、何度も汲み取ってきた。
でも今、目の前の琴羽が。
自分の心で、自分の言葉で。
「好き」と伝えてくれた。
それが、どれほどの意味を持つのか。
胸の奥が、熱くなる。
嬉しさと、ほんの少しの寂しさ。
それでも、梨佳は心の底から、努力は無駄じゃなかったのだと実感する。
色々な感情が入り混じる中、こぼれる涙さえ気にならないくらいの笑顔を浮かべる。
「・・・うんっ!!あたしも、だいすきっ!ずっと、ずーっと、一緒だよ・・・!」
気持ちを、ありのままにさらけ出した。
琴羽の瞳に、温かな光が宿る。
今まで薄暗く感じていた世界も、今は眩しく感じる。
二人はそっと、互いへと身を寄せ合う。
唇が静かに、触れ合う。
ふわりと、琴羽の髪が揺れた。
梨佳の頭の包帯が、ゆるりと解け、ベッドに落ちていく。
カーテンが、夜を告げるやわらかな風にそよぐ。
それは、まるで二人の想いが満ちた瞬間、世界が優しく揺らいだかのようだった。