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言の葉の憧憬  作者: 九重 ゆりか
言の葉の憧憬
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act.9 ゆがみ

登校の途中、琴羽はずっと元気がなさそうだった。

それもそうか、ご飯のときは笑顔を見せてはいたけど、あんなことがあった直後だもんね。

あたしが元気を見せなくっちゃ、いけないよね。

頬をぺちぺちと叩いて、あたしは授業に臨んだ。



昼休みが終わり、次の授業のためにあたしは別教室から戻ってきた。

教室が近づくと、廊下に出ていた複数のクラスメイトがざわざわと何かを噂している。


何かがあった。


胸騒ぎがする。嫌な予感を振り払うように足を踏み出した瞬間、耳に入ってきたのは、心ない言葉だった。



「マジで気持ち悪くね? ずっと俯いてんの、なにあれ」


「そりゃあの親の娘だもんね~。歪んでるに決まってんじゃん」


「顔引っ掻きながら寝てるとかガチでビョーキだって」


「……やっぱヤバいよ、あの子」



瞬間、頭の中が真っ白になった。



息が詰まる。

心臓が、どくん、と跳ねる。

また、琴羽が気を失っちゃったんだ。


なんでこいつらは、平気でそんな言葉を口にできるの。

琴羽がどれだけ傷ついているかなんて、考えたこともないんだろうな。


苛立つ気持ちとは裏腹に、足が竦んで動かない。

あの時。あの心無い黒のページを燃やしたあの夜。

何があっても、たとえ学校で綺麗事に従事していたとしても

あたしのすべてで、琴羽を守るって、誓ったはずなのに。



「一回死んだほうがいいんじゃね」



全身の血が巡る感覚。

その言葉を最後に、あたしの耳には鼓動の音しか聞こえなかった。


一歩踏み出す



───許さない



歩みを進める



───こいつらさえ居なければ



あたしがなんとかしないとダメなんだ。



「ねえ」



気づけば、あたしはクラスメイトの背後に立っていた。

驚いたように振り返る彼女たち。


 


「ねえ、今のもう一回言ってくれる……?」



震えながらも声に出した。

クラスメイトの一人が、鼻で笑った。



「え、なに? あんたに関係あるの?それとも何?大好きな琴羽ちゃんの事悪く言われてキレてんの?まじできっしょいからやめたほうがいいよ」



その瞬間、

何かがプツンと切れた。



次の瞬間には、手が勝手に動いていた。


鈍い音が響く。

スクールバッグの固い底が、相手の肩を叩きつけた。



「――ッ!」



クラスメイトがよろめく。

周囲の空気が凍りついた。

けれど、私の中には、もうブレーキなんてなかった。



「いい加減にしてよ!!」


 

自分でも驚くほど大きな声が出た。



「あんたが琴羽の何を知ってるの!? 何も知らないくせに、知ったような事を言わないで!もう……放っておいてよ!!!」


叫び終わる頃には、涙がぽろぽろと零れ落ちた。


「ちょ、やば……マジで暴力振るうとか引くわ……」



クラスメイトの表情が険しくなる。



次の瞬間、押し返されるように、私の肩が弾かれた。


「何、いきなり殴ってんの? 頭おかしいんじゃない?」


「頭おかしいのはそっちでしょ!!」


スクールバッグを大きく振りかぶる。

怒りと涙で狙いが定まらない。



その刹那、あたしの視界に映る世界が反転した。

側頭部に鈍い強烈な痛みが走る。

床の冷たい感触が、あたしが今倒れている事を証明していた。

痛みで呼吸がおぼつかない。


それでも、あたしが今苦しい思いをしているのは

琴羽の傷に比べたら・・・!



震える体に無理やり言うことを聞かせ、相手を押し倒す。

教室内になだれ込んで、取っ組み合いになった。


相手は喚いて、周囲のクラスメイトの助力を得ながらあたしに反撃の蹴りを入れた。


加害者側が手を取り合い協力して物事を進められるのに。

どうしてあたし達には誰も手を取り合ってくれないの?


そのことが、余計にあたしを苛立たせた。



「お前らさえいなければ……!」



思わず、もう一度手を振り上げる。



「やめろ!」



教師の怒声が飛ぶ。


肩を掴まれ、ぐっと引き戻される。

そこでようやく、私は我に返った。



息が荒い。

手が震えている。


「……っ」


琴羽。



そうだ、私、何してるんだ。

琴羽を守るはずだったのに、あたしは────

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

ぽろぽろと涙が零れ落ちた。


ぼやける視界の隅で、揺れる琴羽の髪が見えた



ことは──────

ことはをたすけないと……!


ふらつく足を抑えながらもゆっくりと立ち上がり、琴羽のもとへ駆け寄る。


「ことは…………?」


呼びかけても、返事はない。


息をしている。

でも、意識がない。


その頬には、小さな傷があった。

そして力なく垂れた手首からは、赤い筋が滴っていた。


気づけば、さらに涙が零れ落ちていた。


「先生! 救急車ぁ! 早く!!!」



声がかすれるほど、必死に叫ぶ。

教師はしどろもどろしながら、急ぎ足で職員室へと走っていった。

クラスメイト達は哀れみの目どころか、異物を見るような目でこちらを静かに傍観していた。


震える手で、琴羽の肩を抱きしめた。



「ことは……っ……!お願いだから、戻ってきて…………!!」



その腕の中で、琴羽は、あまりにも静かだった。


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