ep7 結界の町
ヤルグは一人、静かな街道を歩いている。
(奴は八傑集を名乗った。つまりは奴のようなのが後7匹はいる。あの程度なら造作も無いが。あの分なら魔王の実力も知れているかもしれん・・・)
(魔王軍がいるということは戦争が始まっているはずだ。奴らがいたと言うことは、ここはもう魔王軍の支配下。いや、この剣を手にした男や村で焼かれていた人間のことを考えれば、侵攻中か。どちらにせよ、人間の身体をしている以上、人間から情報を得るのが先決だな。)
そんな事を考えながら歩いていると小さな町にたどり着く。
空は赤らんでいるが陽は落ちていない、しかし町には人の気配が感じられなかった。
(ここも既に侵攻済みか・・・)
物資の確保だけでもしようと一軒の家に入る。
食糧はないかと棚を漁っている時、違和感を感じヤルグは手を止めた。
竈の灰がまだ燻っている。
(妙だな・・・室内は明らかに荒らされている。ライノの奴らが襲ったとすれば、時間から火が残るとは思えん。襲われた直後にしては魔物の気配も血に臭いもしない。)
思案をしている時、気配を感じたヤルグは剣に手を掛けた。
「誰だっ!」
家の扉が開くと一人のシスターが現れた。
「旅の方、もうすぐ日が暮れます。急いでこちらに。」
エミリアと名乗るシスターに着いていくと町の奥に教会が見えてきた。
「あちらです。」
銀色の髪、少し眉の下がったその女は、陽が落ちるのを気にして足早に教会に向かう。
ヤルグは教会に入った瞬間、何か肌がヒリつくの感じた。
中には数人のシスターと、この町の住人とおぼしき者たちがおり、全員がヤルグに注目している。
「神父様、旅の方が居られましたので、お連れ致しました。」
エミリアの声に奥の扉が開き、40半ば神父が顔を出す。
ヤルグを見た瞬間、一瞬だけ目を見開き驚くが、すぐに温和な表情に戻って口を開く。
「旅の方、どうぞこちらへ。シスターエミリア、事情は私から説明します。貴女は皆と食事の準備を。」
「はい。」と返事をしてエミリアが去っていくと、ヤルグは神父のいる部屋に入る。
「どうぞ、お掛け下さい。」
用意された椅子にヤルグが座ると突然神父が跪く。
「私はどうなっても構いません。ですから彼らだけは、町の者たちの命だけはどうかお助け下さい。」
ヤルグはヒリつく肌を触りながら言う。
「これだけの結界を張れるだけのことはあって、流石に俺が人間じゃないことは分かるか。だが貴様はひとつ勘違いしている。俺は魔王軍ではないし、今のところ奴らの仲間になる気はない。」
「えっ」と神父が顔を上げる。
神父を促し、椅子に座らせるとヤルグは続けた。
「俺は訳あって長い間眠っていた。いや、どのくらい眠っていたかすら分からん。だから貴様の知る範囲でこの世界の事を教えてくれ。」
そうして神父は魔王軍には四天王と八傑集がいること、
ムビアナとアリアンが陥落し、アリアン南部が今どういう状況かを説明した。
「魔王ガイラック・・・」
ヤルグには聞いたことの無い名だった。
ヤルグが思案していると神父が不安そうな顔をしているのに気づいた。
「心配するな、少なくともガイラックとかいう奴を殺すまでは、この町をどうこうするつもりはない。明日の朝には出ていくさ。」
ヤルグの言葉に安堵の表情を浮かべた。
「ところで魔王は不死を使役しているのか?この結界は悪魔というよりは不死向けのはずだ。」
神父は再び表情を曇らせながら話し出す。
「実は町の近くに地下墓地がありまして。本来は中に入らなければ危害は加えてこないのですが、魔王の侵攻により活性化したのか、夜な夜な町まで現れて人々を襲うように・・・」
「なるほどな。」
家の中の違和感に合点がいった。毎夜荒らされるから直すことはしないが、生活はしているから竈が燻っていたのだ。
「ひとつ取引をしないか?」
「取引・・・ですか?」
「旅を続ける上で物資がいる。あと今の世界の地図もな。それを貴様が用意するのであれば、俺が不死を始末してやる。」
「有り難い話ですが、貴方の腕が立つとしても祓魔魔法を使えなけれ・・・」
神父の言葉を遮り、ヤルグが手を掲げる。
「貴様ほどの聖職者ならこれが分かるだろう?」掌から小さな白い火が浮かぶ。
神父が目を見開き「白炎」と呟く。
「どうする?取引するか?」
深夜を回った教会の入口で寝ている町人たちに気を遣い、小さな声でエミリアが抗議する。
「お止め下さい。危険過ぎます。」
「シスターエミリア、大丈夫です。彼は祓魔魔法を学んでいます。ですから私の代わりに彼らを祓えるのです。」神父はヤルグの正体を伏せた。
「だとしても旅の方にそんなことを。」
「問題無い、大丈夫だ。」
尚も食い下がるエミリアを尻目に神父に問い掛ける。
「敵は何体だ?」
「9体です。」
「そうか。朝までに終わらせる。」というとヤルグは出ていく。
追いかけようとするエミリアの肩に神父は手をかける。
「本当に心配ありません。貴方も休みなさい。」
そう言うと神父は奥の部屋に戻っていく。
神父が眠ったのを見計らいエミリアは教会を抜け出した。