ep1 勇者の末裔
ノワルド王国の首都、ベルナ城の謁見の間に一人の騎士に連れられた青年が通される。
青年は玉座に座る国王ローランドの前に片膝を付いた。
「この度は拝謁の機会を頂き、誠に光栄であります。」
立派な髭を蓄えたローランド王は首を振る。
「こちらが其方を呼んだのだ。腰を上げよ、その様な儀礼は抜きで構わぬ。」
青年が一礼して立ち上がる。
「ベイルよ。彼の者がそうか?」
「はい。」
ベイル・フィンヴァイン。大陸でも1位2位を争うノワルド軍で33歳の若さでありながら副団長の座に就いた精鋭の騎士であり、短く切り揃えられた金髪と碧眼を持つその男は老若男女から高い人気を誇っている。
「彼が魔王ヤルグを倒した勇者アレンの子孫、レックス・ビルハートでございます。」
「まだ幼さが残るな、歳はいくつだ?」
「18歳になります。」あどけなさはあるが、聡明な声でレックスが答える。
「うむ。レックスよ。其方には横にいるベイルの下につき、戦線に立ってもらう。正直なところ、兵たちの士気を上げる為に其方の肩書を利用するようで申し訳なく思うが。」
「いえ、この肩書が役に立つのであれば、喜んで引き受けさせて頂きます。」
「彼は我が隊でも十分通用する程の剣技も持ち合わせております。」
「そうか、それは頼もしいな。すまぬがどうか、その命をこのローランドに預けて欲しい。」
「謹んで拝命させて頂きます。」レックスは再び一礼した。
国王の退出後、レックスは気の抜けた息を吐き出した。
「レックス君、大丈夫か?」
「はい、すみません。あの、僕の挨拶は大丈夫だったでしょうか?」
ベイルは微笑みながら、レックスの肩を軽く叩いた。
「心配ない。そもそもローランド王はこういった王族然とした事を嫌う、本来なら自身も剣を取り、前線に繰り出したいと言うような御方だ。」
「こう言った場は初めてなので緊張してしまって・・・」
レックスは安堵の息を吐く。
「勇者様っ!」
謁見の間の扉が開き、茶色い髪をした僧侶の少女が入ってくる。
「フィーナっ!」
「勇者様、国王様とのお話はどうでした?」
「あぁ、大丈夫だったよ・・・多分。」
「流石は勇者様!」
「ベイル様、すみません。」扉の前にいた門番が慌てて謝る。
「いや、構わんさ。彼女も連れていく予定だ。本当は危険な目に会わせたく無いが、どうも引き離すのは無理なようだしな。」そう言いながら顎を掻いた。
「それに彼女はこの歳で補助魔法も使えるそうだ。」
フィーナ・レリルはレックスより二つ下の幼馴染で、幼い頃よりレックスを勇者と慕い、レックスが騎士を目指した時から彼の助けになろうと僧侶の道を目指した。
「ほぅ、それは素晴らしい事じゃな。」
ベイルの後ろにいた老人が話しかけた。
「フィーナ、こちらが魔導士長のギザ様だよ」レックスが紹介するとフィーナは目を丸くして驚く。
「だ、大魔導ギザ様っ!!」慌ててお辞儀をし自己紹介をした。
「うむ。その歳で補助魔法を扱えるとは珍しい、きっと並々ならぬ努力をしたのであろう。」
「お褒めに預かり恐縮です。」
紹介を終えたところで玉座の隣にいた壮年の男が咳ばらいをする。
「そろそろ本題に入らせてもらっていいかな?」
全員がそちらを向くとフィーナが再びお辞儀をしようとするのを手に制止した。
「儀礼は良い。大臣のギリアムだ。君たち二人にはベイルとギザ殿と共に行動をしてもらうが、その前に今日までの戦況について話させてもらう。」
今から約1年前、大陸の北の大森林の中にある廃墟と化した魔王ヤルグの城に突如ガイラックと呼ばれる魔王が現れた。魔王は人間に宣戦布告をするとともに南方の大陸中央に位置するムビアナ共和国と東方に位置するポルガ王国に進軍し、1週間でムビアナを制圧した。ポルガも制圧されるかと思われたが城を一つ落としたところで進軍は止まり、そこから数か月停戦が続いた。
人間たちは困惑しながらも、いつ戦争が始まってもいいように準備を進めた。そして1ヶ月前、突如北西にあるアリアン共和国が陥落した。残された南東に位置するデルタニア公国とポルガ王国とノワルド王国の3国は同盟を結んだが、その直後に魔王軍はデルタニアに進軍。関所となっていたファーラン城が制圧されたのだった・・・
説明を終えた大臣はレックスとフィーナに向いた。
「状況は理解できたかな?」
「はい・・・それで僕たちはこれからどうすれば?」
「我らがノワルドとムビアナと間には、知っての通り広大なメルダーナ山脈が連なっておる。魔王軍とてあの山を越えて攻め入ってくるとは考えづらい。したがって一部の防衛隊を残し、首都デルタニアとファーラン城を繋ぐノビエ砦に戦力を終結させ、ノビエ砦の防衛及びファーラン城の奪還を行う。」
ベイルが継いで言う。
「我々もデルタニアの状況に関しては把握し切れていない。まずはノビエに向かい、その後の作戦の詳細は向こうの軍と合流してからになるだろう。」
「分かりました。」
「出発は明日の早朝だ。今日は帰って家族と過ごし、身体を休めると良い。」