ep10 港町グレイズ
アリアン北西の港町グレイズ。
海沿いに建てられた二階建ての家。二階からは突き出るようにデッキが形成されており、そこからは海が展望できる。
そのデッキで潮風を浴びながら四天王ルドミナが海を眺めている。
海沿いの強い日差しにも一切焼けることの無い白い肌、ウェーブのかかった黄緑色の美しい髪が潮風に靡いている。
警備の従者が「ガフ様が来ました。」と声を掛ける。
「通して。」と言い切る前にガフが扉を開けて入ってきた。
「相変わらず、荒いわね。」海を見たまま、穏やかな口調で喋る。
「首都に居なくていいのか?」ガフもまた海を見たまま腕を組む。
「あそこはだいぶ壊れたし、ムビアナが落とされない限り攻められることは無いわ。それに私はスキュラだから海の近くがいいのよ。ずっと足にしていると疲れてしまうの。」
そう言う彼女の足は蛸のような無数の触手で構成されている。
「首都にはジェニアが行ったわ。」
「あのサキュバスか。」
「貴方、相当嫌われてるわね、貴方が来ると聞いたらすぐに出ていったわ。」ふふっと笑う。
「下らん。どうでもよい。それよりザイクは攻めてきそうか?」
「恐らく、無いわね。アリアンとザイクは同盟国とは言え、難民を受け入れるだけじゃなく自軍を使ってまで、取り戻しに来るとは思えないわ。」
「ならばこちらから攻め落とすか。」
「それも無理ね。魔王軍の兵たちは海戦に慣れてないもの。それに・・・」
そう言って海の方を指差す。
「彼らがいるもの。」
ガフが指した方を見ると遥か遠いの海で潮飛沫が上がる。
「海獣か。」
「そう。海の魔物は地上と比べ物にならないほど大きくなるわ。」
「自重の影響を受けないからな。」
「あら、よく知ってるわね。」
ガフはフンっと鼻で笑う。
「彼らにとって人間はとるに足らないもの、人間から仕掛けるか、相当機嫌が悪くない限り襲わないわ。」
「我々ならば縄張りの侵害か。」
「そう。ザイクに進軍する前に数体は相手にすることになるわ。そうなれば向こうに着く頃にはボロボロよ。」
「膠着状態か・・・」
「事実上停戦ね。どちらも防戦ならばまず勝てる、でも攻め入るとなると勝算は見出し難い。」
「どうするつもりだ?」
「どうもしないわよ。とりあえず今は浜辺付近の海獣を手懐けてるところ。敵に回せば厄介だけど、味方となれば強大な壁になるわ。」
ガフが海を見渡すと一点で目を止める。
「おい。」顎で指した先には浜辺で酒盛りをしている人間たちがいる。
「ん?あぁ・・・楽しそうね。」
「いいのか?」あまりに拍子抜けなルドミナの返答にガフは語気を強めた。
「いいも何も、この家の完成に私が振る舞ったんですもの。」
「なんだとっ!」
「私は人間を奴隷として使うつもりはないの。力で押さえ付けて何かをやらせても、本来の力は発揮されないでしょ?」
「しかし、野放しにしておいては何を仕出かすか分からんぞ。」
「そうかもしれないわ。でもね、一部のプライドの高い人間や元々権力を持ってた人間は別だけど、普通に暮らす彼らからすれば、自分の命や生活が脅かされない限り、誰が上に立とうが関係無いのよ。それが魔物だろうが人間だろうがね。だから私はこの町にいる以上、魔物も人間も平等に扱うつもりよ。」
「・・・ガイラックが納得すると思えんがな。」
「そうね・・・いずれガイラック様が世界を支配して、どんな政をするかは分からないけど。場合に寄ってはアリアンの独立も考えているわ。」
ガフは四天王の立場としてとんでもないことを、穏やかに淡々を喋るルドミナを数秒見つめた後、再び海の方を見て鼻で笑う。
「ガイラックもつくづく部下に恵まれんな。」
「でもニドーレルとリベルは従順よ。彼らは先代から仕えてるから。」
「2代目はボンクラでも先代への忠義があるか・・・」
また海の彼方で潮が吹き上がり、穏やかな風が流れる。
「それで・・・」とルドミナが切り出す。
「まさか、私とお喋りする為に来たわけじゃないでしょ?」
「気になる事がある。」
「南ね。」ルドミナのトーンが少し下がった。
「分かるか?」
「一瞬だったけど、変な魔力を感じたわ。」
「あの渦巻くような魔力は呪いだ。」
「呪い!」ルドミナは少し驚きガフを見る。
「ああ。呪いが成就した時に渦巻くような魔力が発せられる。」
「聖剣の呪い・・・」
「自分が死ぬ瞬間にかける呪いなど、相場が決まっている。殺された相手を貶めるか、反魂だ。勿論前者なら剣ではなく、直接相手にかけるがな。」
「つまり魔王が蘇ったと。」
「ああ、そして状況から見てライノも殺されているだろう。」
「貴方はどうするの?」
「会いに行く。必要であれば殺す。」
「魔王相手に勝てるの?」
「さぁな。それも踏まえて会っておく必要がある。ガイラックに伝令を送っておけ。ライノが死んで、魔王ヤルグが復活した、とな。」
そう言って出ていこうとするガフにルドミナが声を掛ける。
「途中で町を襲わないでね。アリアンの大事な住人よ。」
ガフは振り返ることなく、分かったと手で合図し扉から出ていった。
少しの間、海を見ていたルドミナがポツりと呟く。
「魔王が二人・・・か。」
振り返り、従者に問い掛ける。
「ねぇ、貴方。もし私がガイラック様に反旗を翻し、アリアンを独立国にするって言ったら、どっちに付く?」
「えっ!あ、あの、私はその・・・」
困惑する従者に「冗談よ。」と笑い掛けるとルドミナは再び海の方を見る。
その表情から真意を読み取るの難しかった。




