迫りつつある気配
もしもこの夜、ニューランズ伯爵家の執事がいてくれたら気配のことを相談できたかもしれない。執事ならば、たとえ素人であってもカイルが留守にしている間の警備についてなにかしら対策をきいているかもしれない。あるいは、いっしょになにかしらの対処方法を考えてくれたかもしれない。しかし、不在であれば仕方がない。
屋敷に戻ってうちの使用人たちを呼んでもよかった。なにせうちの使用人たちは同業者だから。しかし、わざわざ使用人たちを呼びよせるとなると、エレノアに気配のことを説明しなければならない。
彼女は、わたしの正体を知らされていないようなのだ。もちろん、わたしがダメダメ軍人であったことは知っている。しかし、それ以上のことは知らないようだ。もっとも、それも彼女が知らないふりをしているのかもしれないが。
すくなくとも、いまのところは彼女が知っているようには感じられない。
彼女がわたしの正体を知らないとして、気配のことを話してうちから使用人たちを呼べば、わたしのことだけでなく大佐や使用人たちのことまでバレてしまうかもしれない。さらには、デニスとクラリスのことも彼女は知ってしまうかもしれない。
それはできるだけ回避したい。
それだけではない。彼女やニックをいたずらに怖がらせたくないという思いもある。
しかし、わたしの感覚が間違いでなければ、気配の持ち主はプロだ。しかも複数感じている。
複数の謎のプロ集団を相手に、単独で対処できるのか?
さんざん悩んだ。悩んでいるうちに、夜が更けてしまった。
時間と道具があれば、簡単なトラップを仕掛けることができる。が、あれこれ悩んでムダに時間をすごしたためにもう時間がない。悩んだことを後悔した。いずれにせよ、毒や火薬もない。当たり前だけど。もっとも、よそ様の屋敷で毒殺やら爆死など、大騒ぎするわけにはいかないかれど。とくに火薬は、ご近所さんたちまで迷惑をかけてしまう。
ということは、いまわたしにできる最低限のことで迎え撃つしかない。
って、すでに襲撃される前提になっている。
とにかく、備えておくにこしたことはない。
庭に出て、エレノアのいる主寝室とニックのいる続きの間の窓を見た。屋敷の内外を把握しておきたいからである。そのタイミングで主寝室にちいさな灯りが灯った。カーテンの隙間からそうとわかったのである。ふつうなら見逃してしまうほどのちいさくて明るい点。しかし、暗闇に慣れていて猛禽顔負けのわたしの目には、それがはっきり見えるのだ。ほんとうにちいさなその灯りは、しばらくしてから消えた。おそらく、エレノアがトイレか喉を潤すためかで起きたに違いない。
(この手しかないわね)
窓を眺めつつ、あることを思いついた。
すぐに主寝室へと走った。




