またもや見張られている
一瞬、先日の誘拐犯たちかと思った。エレノアとニックをさらおうとしているのではなく、わたしに用事があるのかと。つまり、彼らの計画をぶっつぶしたわたしに意趣返しをしようとたくらんでいるのかと。
(それならそれでラッキー。ドンとこいよね。いくらでも受けてたつわ。大歓迎してあげるのに)
しかし、すぐにその推測を否定した。
先日の気配とはまったく異なるからである。今回のは尾け方、というよりか見張り方に雑さはまったくない。
馬車の窓を開けた。心地いい風が顔を撫でる。開けた窓からあらためて周囲を見まわした。
はじめて馬車に乗ってはしゃいでいるかのように、満面に笑みを浮かべて窓の外に顔を出しさえした。
しかし、街道にだれの姿もない。見通しのいい街道が馬車の前後にずっと続いている。街道に沿って草原と牧場の柵が永遠に続いているだけで、人間が隠れて見張れそうな建物や森や林はない。
だけど、間違いなく気配を感じる。しかもプロのである。こういうことに長けた者の気配を確実に感じる。
ねっとりとした、それでいてさりげない気がまとわりついている。自慢のうなじは、それほどではないけれど、ざわめき始める一歩手前の状態。
鬱陶しかった。というよりか、イヤな予感しかしない。
「シヅ、どうしたの?」
「エレノア、ごめんなさい。あまりにも風が気持ちいいからついつい吹かれるに任せてしまったわ」
エレノアとニックが怪訝な表情でわたしを見ている。
仕方がないので窓を閉めようとした。
ちょうどブラックストン公爵家所有の牧場の看板が見えてきたところだった。
この日、牧場はおおにぎわいだった。
慈善活動の一環で、牧場を解放しているのである。そして今日は、クラリスが国都から子どもたちを招待していた。
クラリスが何台もの馬車を手配し、子どもたちはその馬車でやってきたのだ。
今日参加している子どもたちのほとんどは、学校に行っていない。家の手伝いや日雇いなどで働かざるをえない環境ですごしている。なかには食べ物を盗まざるをえない子もいる。さらには、親に盗みや詐欺をさせられている子も。子をだしにし、詐欺や物乞いをする親もいる。
マクレイ国もまた、祖国ベイリアル王国や他の国同様貧富の差がある。その差は、当然激しい。
とにかく、今日は先日訪れたときとは違って子どもたちでにぎわっていた。
クラリスが子どもたちを招待しているということを失念していたけれど、にぎわっている牧場を見た瞬間、わずかながらホッとした。
何者かはわからないが、見張りの目をごまかせるかもしれない、と考えたからだ。
もっとも、わたしの感覚がたしかなら、このくらいで連中の目をごまかせるわけはないが。




