どうして夫婦という設定なの?
「ガタゴト」と、馬車の揺れが心地いい。ふつうなら、その思うはずである。
心地よすぎて、ついついウトウトしてしまう。ふつうなら、そのはずである。
が、ぜったいにそれはない。
それどころか、窓外に流れ行く景色を楽しむことさえ出来ないでいる。
というか、ほんとうは景色を眺める余裕がない。
(なんなのいったい? どうしてこうなったの?)
馬車内の空気が重すぎる。というか、いろいろな要素が重なりすぎている。
この空気や雰囲気に耐えられない。
「どうした? 落ち着かないようだな」
大佐は、そんなわたしの様子を察した。というより、心を読んだらしい。知的な美貌に笑みを浮かべて尋ねてきた。
大佐の余裕の笑みを見た瞬間、愚痴のひとつも叩きつけてやりたくなった。
「どうしてひとりで潜入させてくれなかったのですか?」
愚痴、というよりかは疑問かもしれない。
任務中は、その役に徹すべきである。しかし、馬車内での会話は、車輪や蹄の音で掻き消される。しかも、走行中で窓が小さい為、どこかからか口の形を読むことも出来ない。しかも、口の形を読むことに長けている少佐は、二台うしろの馬車の馭者台にいる。この馬車を馭しているのは、この世界ではまだまだ駆け出しの少尉。よほど特殊なスキルを持っていないかぎり、馬車内での会話をきかれることはない。
「わかっているだろう? これまで単独で潜入したが、ことごとくダメだった。殺されたか、あるいは消息不明だ。もっとも、消息不明というのは、実際のところは殺されているだろうがな」
大佐の夏の空と同じ蒼い瞳は、こちらの動揺を誘うかのようだ。
『ことごとくダメだった。殺されたか、あるいは消息不明だ』
その中には、当然夫も含まれている。
大佐の蒼色の瞳は、そう言っている。
通常、単独で任務を行うことがほとんどである。任務に携わる人間が多ければ多いほど、どこかで綻びが生じる。
奇蹟や偶然や人為的ミスなどが重なりやすくなる。
が、わたしたちのような仕事は、単独だからといってかならずしもバレないわけではない。単独行動が多い、とだれもが知っているからである。その為、単独行動の方が疑われることもある。
「おっしゃることはわかります。ですが、百歩譲ってペア、あるいは複数人で遂行するとしても、どうして夫婦なのです? このわたしは、貞淑な妻なのです? しかも大佐の妻、だなんて」
わたしにとって、それが最大の問題であり疑問なのである。