妻が他の男性にデートに誘われたっていうのに……
「シヅ。もしかして、きみは自信がないのかな? おれを守ることができないと? もしもそうだとすれば、心配することはない。おれは、自分の身は自分を守れる。それどころか、きみを守ることだってできる。やはり、レディは守る側ではなく守られる側でないとね」
なんと、カーティスは煽ってきた。「死の女神」と怖れられたこのわたしを、である。
あっ、「死の女神」は違ったかも。「死神」だったかも。
とにかく、カーティスはわたしを操る術を心得ている。
こんなことができるのは、いままでは世界にたったひとりだった。
それは、死んだはずの夫ベン。彼が唯一わたしを手玉に取ることができたのだ。
「わかりました。そのシチューと葡萄酒とワインとチップス。あなたが推す通りのものか、試してみようではないですか」
頭ではわかっているのに、口からでたのは挑発だった。
目には目を。歯には歯を。煽にりは煽りを。
この精神である。
「シヅ、そうこなくてはな。では、美味いものを飲み食いしながら、きみにどうしてもらうか考えよう。その夜が楽しみでならないよ」
カーティスは、東屋の作り付けのテーブルごしに美貌を近づけてきた。
「ええ、閣下。美味しいものが楽しみでなりませんわ」
近づいてきた美貌を力いっぱいのけぞり、全力で回避してやった。
しかし、その露骨で極端な動作さえ、カーティスは拒否とは受け止めなかった。
「シヅ、きみは恥ずかしがり屋だな」
彼は間抜けなことをぬかした、もといおっしゃったのだった。
カーティスは、口ではあんなことを言っていたけれど、王宮を抜けだし国都の街でグルメ三昧するはずはないとタカをくくっていた。
あるいは、近衛隊やその他の護衛がカーティスには気づかれぬようにこっそり尾行して不測の事態に備えるのだろうと。
カーティスにディナーデートに誘われた夜、そのことを大佐に告げた。
ひさしぶりに彼の部屋を訪れて、である。
大佐の寝台の上で胡坐をかき、彼にカーティスに食事と飲みに誘われたことと行ってほしくないのなら彼自身がカーティスに直談判するようにということを告げた。
「わたしは、表向きは大佐の妻です。王子であり将軍であるカーティスは、臣下の妻を誘って食事や飲むのは問題なくても、それにホイホイついて行くわたしはよろしくないかと思うのです。あなたにたいして誠実でないばかりか『レディとしてどうよ?』、と節度を疑われるでしょうから」
大佐ならばその知的な美貌の眉を顰め、わたしに苦言を呈するかと予想していた。
「いいではないか」
が、彼の反応はわたしの予想を裏切った。
「夜にふたりきりで会うのだ。カーティスの魂胆を突き止めるにはまたとないチャンスだ。そうではないか?」
「それはそうかもしれませんが……」
「それこそがおまえの領域。本分だ」
大佐は、それ以上何も言うつもりはないようだ。
納得はいかないけれど、口を閉ざされた以上これ以上はムダである。
諦めてデートに行くことにした。




