テンションマックス
「まぁっ、怖い」
ちっとも怖くないけれど、一応怖そうなふりをしてみた。
いまのってめちゃくちゃ無表情、無感情って感じだったのではなかったかしら?
いつもなら完璧に演じるけれど、このやり取りは任務に直接かかわりはないし、なにより面倒くさい。だから、一般的なひ弱なレディを演じるのもテキトーである。
「わかったわ。あなたたち、レディや子どもを無理矢理連れ去ろうとするなんていま流行りの誘拐犯でしょう?」
「なんだと? おれたちは、このレディの家族から連れ帰るように言われただけだ」
わたしのいわれなき非難に、年かさの男が怒鳴り返してきた。
人間、ほんとうのことを言われるとキレるものだ。
「おい、このレディを黙らせろ」
年かさの男は、自分といっしょにエレンを拘束している男に命じた。
(ワオ! いよいよね)
心から望む展開に、テンションはマックスにさしかかっている。
「悪く思うなよ」
わたしよりかははるかに年長のごつい男は、丸太棒のような両腕を伸ばしてきた。
「キャーッ、怖いわっ」
あまりの棒読みに自分でも驚きつつ、両腕を振り回した。
両手が男の丸太棒のような腕にあたった。
「ガツン」
「ギャッ」
奇妙な音がしたのと男の悲鳴がかぶった。
「キャーキャー」
感情のこもらぬ黄色い悲鳴とともに、男との間を詰めた。その間も両腕を振り回し続けている。
「ガツッ」
「ギャーッ!」
偶然にも? 右の手が男の鼻の辺りに直撃した。
鈍い音がし、先程よりおおきな男の悲鳴がかぶった。そのときには、男は向こうの方へとふっ飛んでいる。
「あくまでも偶然」にあたった右の手に、じつに気持ちのいい感触があった。男の鼻は折れ、前歯が二本折れて飛んだ感触が。
「このくそレディッ!」
肩に担いでいたドナルドを年かさの男に託したらしい。ドナルド担当の大男が襲いかかってきた。
「キャーキャーキャー」
自分でも自分の悲鳴がうるさくてならない。
ふたりめも、やはりわたしを捕まえる算段をしている。両腕が伸びてきた。
またしても「あくまでも偶然」が重なった。彼の両手首をつかむことができたのである。ということにしておく。
「ゴキッゴキッ」
手首をつかむ手をひねると、世にも怖ろしい鈍い音が響き渡った。
「グウウウウッ!」
左右両方の手根骨と前腕部の橈骨と尺骨と肘頭、なんなら上腕骨も折れたかもしれない若い男の苦し気なうめき声。そのうめき声とともに、彼の体が地に崩れた。
「こちらです」
そのとき、クラリスの品のいい声が耳に飛び込んできた。
慈善病院のある方角から彼女と警官たちの姿が現れたかと思うと、こちらに向かって走り始めた。




