敵国へ
馬車に積み込んでいるのは、ほとんどが衣服である。しかも、そのすべてが祖母や母から受け継がれている年代物のドレス。それから、アクセサリー。それと、美術品を少々。
生活に必要な物は、すでに引っ越し先で準備されているらしい。屋敷も含めて、である。
あとは、わたしが行くだけということになる。
訂正。わたしだけ、ではなかった。
わたしたち、だった。
「奥様、他にはございませんか?」
雇った運搬人のひとりが、積み込みを終えて最終確認をしにやってきた。
ここは、今回の任務の為に準備された敵国に引っ越す前の屋敷。
いまから引っ越し先である敵国マクレイ国へ移動するのである。
「ええ、いまのでもう終わりよ」
「奥様と旦那様の馬車の準備もできています」
運搬人に鷹揚に頷いた。
その方が奥様らしいからである。
『ちっ、すかしてるんじゃないよ』
運搬人の心の声が聞こえてきた。
雇った運搬人たちは、荷物を運んだら帰国することになっている。
運搬人役の少佐は、荷物を降ろしたらとんぼ返りしなければならないのだ。
「準備が出来たようだな」
そのとき、大佐がエントランスに現れた。
「ええ、あなた。いつでも出発できるわ」
「シヅ、ほんとうにいいのか? ここに残り、この屋敷を守っていてくれてもいいのだぞ」
大佐の腕がわたしの腰にまわった。
反射的に身をひきそうになった。が、ブランクはあってもその道のプロだった。役に徹しなければならない。というわけで、自分では男性を魅了するであろう笑みを浮かべて踏みとどまった。
「あなたには、何度も申し上げました。わたしは、あなたとひとときも離れ離れになるのはイヤなのです。あなたの側にいられるのなら、たとえ地の果てでもついて行きます」
暇つぶしに読んだ書物にあった、熟年ヒロインの台詞を真似てみた。
「そうか。ならば行こうか」
サッと口づけをされた。
それこそ、身構える暇もなく。それがあまりにも自然だったので、不覚にも気がつくことができなかった。
視界の隅に、運搬人役の少佐のなんともいえない表情が映った。
少佐の表情が気になりつつも、大佐にエスコートされて馬車に乗り込んだ。
そうして、わたしたちは敵国へ向かった。
任務の為に……。