わがままレディ エレン・メルヴィル
今日の慈善活動は、国都でも南西地域の病院をまわることになっている。
どこの国でもそうだけど、貧困の差がかならずといっていいほど顕著にあらわれる場所がある。貧しい人たちが住むエリアや場所というのは、ひとめでそうとわかる。
南西地域もそういう場所なのだ。
クラリスとエレノアをはじめ、慈善活動のメンバーの奥様方といっしょにその地域の病院や教会をまわった。
エレノアは、ニューランズ伯爵家の使用人がみてくれるためニックを置いてきている。人生を二、三度やり直していそうな大人びたニックは、たいそう聞き分けがいい。エレノアは、ニックを安心して使用人に任せられる。しかし、だれもがそうとはかぎらない。子ども連れできている若い奥様がいる。
その若い奥様は、貴族ではなく実家が有名な実業家らしい。はやい話が、裕福な家の娘というわけ。
しかも、彼女が嫁いだ先もまた手広く商売をやっいる大商人である。王宮でのパーティーで、彼女や彼女の夫だけではなく、実家の両親や嫁ぎ先の義理の両親を紹介してもらった。こういってはなんだけど、みんなお金に汚そう、もとい商売と倹約がたいそう上手そうな人たちだった。
彼女もまたそんな両親の血をひいていて、口さえ開けば金やそれに類することばかり言っている。
正直なところ、彼女には辟易している。しかし、なぜか慈善活動に参加しているので付き合っているしだいである。
そんな彼女の名は、エレン・メルヴィル。よほどワガママに育てられたのか、とにかくワガママ放題である。そして彼女の息子のドナルドソン、通称ドナルドは、そんな彼女の血をちゃんと受け継いでいる。ドナルドは、絶望的にワガママで可愛げがなくてムダに横柄なのだ。
天使のようなニックとは、違う意味で人生を二、三度繰り返していそうだ。
ドナルドは、本日最初に訪れた慈善病院ではやくも癇癪を起した。
周囲の奥様方の忍耐力には恐れ入る。
そこは、わたしも見習わねばならない。
というか、エレンは金持ちなのだから、ドナルドのために乳母や家庭教師などお守り役を雇って預ければいいのに。
純粋にそう思ってしまうわたしは、やはり子育てをしていないからやっかんでいるだけなのだろうか。あるいは、子育てしている彼女たちの苦労を知らないから無責任なことをいっているだけなのだろうか。
慈善病院の医師や看護師や患者たちが眉を顰める中、ドナルドは「キーキー」と泣き叫び、汚れた床の上に大の字になって暴れている。
心の中で溜息をついたのは、これでもう何度目だろうか。
以前のわたしだったら、だれにもわからないようにドナルドを殴るなりつねるなり蹴るなりしたかもしれない。
とはいえ、わたしも一般のレディや子どもに危害を加えることは本意ではない。もちろん、いままでに危害を加えるようなことをしたことはない。
あくまでもイメージである。
もちろん、イメージを抱いたいまもそんなことをするつもりはない。
それこそ、大問題になるだろうから。




