亭主不在で楽しいひととき
マクレイ国の王子であり同国軍の将軍でもあるカーティスとの驚きと疑惑に満ちた会見を終えて以降、大佐は側近として彼に仕えることになった。
亡命者がいきなり王子の側近に? そんなことをして大丈夫なの?
わたしよりもマクレイ国の人たちが不信感を募らせるのは当たり前である。しかし、当事者のひとりであるカーティスとデリクの影響力もあり、そのことについて取り沙汰する人はいない。すくなくとも、声を上げて非難したり指摘する人はいなかった。
というわけで、大佐は毎日デリクとともに王宮に行っている。
そして、わたしは大佐不在の時間を楽しんでいた。
というよりか、有意義かつ抜かりなくすごした。
ベンのことを、いや、時間の一部をカイルのことを調べるのにあてたのだ。
とはいえ、奥様方との付き合いがある。とくにクラリスの誘いを断るわけにはいかない。彼女もまた、わたしをひとりにはしてくれない。
彼女もカーティス自慢の「ザ・エージェント」のひとり。彼女の頭の中には、大佐とわたしの情報はすべて入っている。
クラリスは、わたしを放置すればなにをしでかすかわからないと思っているのかもしれない。というわけで、今日は慈善活動。明日はお茶会。明後日は病院や学校の慰問。そのように息つく暇もないほど誘ってきた。
クラリスだけではない。エレノアにも誘われる。
彼女の誘いも断れない。クラリスとは違って内向的な彼女は、自分の屋敷にわたしを招待したがる。
彼女の招待は断ってもいい。しかし、わたしにも下心がある。
ベン、というよりかカイルのことを調べるには、エレノアのことを知る必要がある。そして、エレノアから情報を仕入れるのだ。彼女は、最適な情報源だから。
というわけで、エレノアに誘われるとホイホイと出かけて行った。
そして、エレノアとわたしの推しであるニックと午後のひとときをすごすのだ。
もっとも、エレノア手作りのスイーツやお茶には辟易としているけれど。
そのようにして毎日があまりの忙しさだけれど、充実した日々を送れていることはたしかである。
とくにエレノアとは、わたしの調査を抜きにしてもほんとうの友人どうしのような付き合いをしている。
それがけっこう興味深く、また楽しいと思っている自分に驚いてしまう。
ときおり罪悪感を抱くことはある。しかし、やることはやらねばならない。それとなく、あるいはストレートにカイルについて質問する。とはいえ、躊躇してしまうこともすくなくない。
そんなとき、いつも自分にいい聞かせる。
『真実を知ることが、わたしのためになる。なにより、ベンのためになる』
このように自分自身に告げる。
そうして、自分自身を正当化するのだ。
そのようにして、潜入先であるにもかかわらず充実した日をすごしてはいる。が、精神的にクタクタであることはいうまでもない。
『他人も自分も信じるな』
この世界を生き抜く上で、この一文は肝に銘じ、頭にインプットし、心に留意している。
それこそ、いまこのときがこのモットーそのもの。
とにかく、だれもが信じられない。なにせみんなが敵なのだから。それこそ、味方であるはずの大佐でさえ、いまはもう信じることができないでいるのだ。




