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気になっていること

「気にかかること」とは、カイル・ニューランズ伯爵のこと。つまり、死んだはずの夫ベンのことである。


 彼の身にいったいなにがあったのか? なにがあり、いまにいたっているのか?


 できれば、彼のことを詳しく調べたい。


(そうだわ。せっかくマクレイ国にいるのですもの。しかも、彼のすぐ近くによ。カーティスに顎でこき使われるかたわら、自分で調べればいいじゃない。わたしの本分は、動くことなのだから。体を動かし、ちょっとだけ頭を働かせれば、死んだはずの夫ベンの身になにがあったのかわかるはずよ)


「血みどろの森」にたときにベンの死を聞いた直後には、彼の死じたいを受け入れることができなかった。だからこそ、くわしく知りたいとは思わなかった。ましてや自分で調査するなどとは頭と心の片隅をよぎることさえなかった。しかし、月日が経つにつれてわずかずつでもそんな願望がでてきた。


(あのベンが死ぬわけはない。彼は、ぜったいにどこかで生きている) 


 そのように考えた。いいや。正確には、心のどこかで確信していた。


(ぜったいにベンは生きている。強くてやさしくてたくましくてクールな諜報員であるベンが死ぬはずがない)


 が、そう信じることで自分を慰めているのだとも思った。そう願うことで、自分を保てているとも考えた。


 もしかるすと、「血みどろの森」に閉じ込められ縛りつけられていたわたしは、その怠惰な生活から抜け出し、ベンの死の真相を知ることが、いいや、ほんとうに彼が死んだということを知るのが怖かったのかもしれない。


 しかし、いまは違う。


 たとえカーティスやカイルやデリク、それから大佐を敵にまわそうと、できるだけのことはしたい。


 死んだはずの夫ベンを取り戻すために。


(でも、そのあとは? すくなくとも、いま彼はカイルとしてエレノアという美しい妻とニックという可愛くて美しくて賢い小さな息子がいる。そして、彼がずっと望んでいた『妻子をしあわせにする』ということを実践している。真実を調べてすべてを知った後、そんな彼をどうするつもりなの? 彼を説き伏せ、ベイリアル王国へ連れて帰るの? 最愛の夫を、あるいは最愛の父をなんの関係もないエレノアとニックから奪おうというの?)


 自分でも驚いた。


 わたし自身、書物にでてくる悪役のご令嬢のようにドロドロの戦いの上に彼らから無慈悲にベンを奪い去ってしまうことを、望んでいるのかどうかさえわからない。


 しかし、わたしもベンを愛している。彼を愛しているということは、けっしてエレノアに負けはしない。いいや。その点については、彼女に勝っていると断言できる。この三年間、ベンへの想いをこじらせすぎた。こじらせすぎて、精神的に追い詰められかなりヤバい状態になっている。


 そこまでベンを愛している、と断言できる。


「ああ、もういい。こんなこと、いま考えても答えは出ない。なるようになる。とにかく、彼のことを調べよう。あとのことは、そのときになって考えればいい」


 自室の窓を開けた。


 あっという間に、しらじらと明けゆく早朝の独特のにおいと鋭さが顔面にまとわりついた。


 指先で唇をなぞった。


 ベンの唇が懐かしい。


 彼に口づけを、いや、体中を愛撫されたい。


 三年以上も前の悦びは、まだ体中に残っている。なまなましいほどに。


 その瞬間、その悦びの残滓が大切なところからあふれ出し、下着を濡らした。

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