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わたしの価値

「いや。シヅ、きみは特別だよ。これまでのことは、引退して森にひきこもっているきみを、マクレイ国に来させるための特別な処置というわけだ」

「はい? ここまでしていただいてなんですが、このわたしにここまでしていただく価値があるとは思えませんが」


 現場から離れて三年以上。しかも、現場を離れるきっかけというのが、禁止されている職場恋愛の末の結婚退職である。


 たしかに、この三年間は自分なりに体を鍛え、体力を維持してきた。すくなくとも、自分では思っている。


 が、三年もの歳月は、加齢という要因以外でも心身を弱くしてしまっている。


 結婚退職。それから、最愛の夫ベンがマクレイ国に潜入して離れ離れになった。そして、彼の死……。


 それらは、わたし自身をダメにしてしまった。


 カーティスは、そんなわたしの状況もわかっているはず。


 それがわかっていてわたしを引き抜きこうと? マクレイ国の、いや、カーティス自身の「ザ・エージェント」に加えようというの?


「シヅ。きみは、自分で思っている以上のレディだよ」


 カーティスの茶色の瞳には、あいかわらずわたしが映っている。


 彼の手が伸び、わたしの頬を撫でようとした。


 反射的にその手をつかんでしまった。


「きれいな肌だ」


 わたしに手をつかまれたまま、カーティスはつぶやいた。


 いま、彼のやさしい美貌に笑みはない。


 いままでにない真剣な表情に、不覚にもドキリとしてしまった。


 なににたいしてかはわからないけれど。


「閣下、冗談はいいかげんにしてください」

「冗談などではない。きみは、独身だ。スチューは、あくまでも任務上の夫であってほんとうの夫ではない。それから、おれも独身だ。他の王子たちとは違い、正妃も側妃もいない。それから、生まれながらの婚約者だとか政略的な相手もいない。当然ながら、ひそかに愛しているレディもいない。というわけで、おれたちにはなんの問題もないというわけだ」

「いまのは、ボケですか? 相手の有無をいっているわけではありません。それから、公にはわたしは大佐の妻です。デリクが先日の王宮でのパーティーでわたしたちのことを喧伝してくれたお蔭で、このことはだれもが知っています。ですから、王子みずから人妻に手を出すのは控えた方がいいでしょう」

「いま、ここにはおれたちしかいない。ふたりだけだ。それから、公でこんなことを言ったりしたりするつもりはない。そこは、いままで通りだ。きみたちふたりはベイリアル王国から亡命してきた貴族夫婦だ。そして、おれはそんなきみらを雇ってやる親切な王子だ。こんなことを言ったりしたりするのは、あくまでもふたりきりのとき。そして、このことを知る者しかいないときだけにする」


 カーティスは、もう片方の手でわたしの反対側の頬を撫でた。その手は、わたしの頬にあてたままになっている。


 今度は、彼の手をつかまなかった。


 できなかったといってもいい。


「シヅ、焦ることはない。おれたちは、まだ出会ったばかり。そして、時間はたっぷりある。きみはいま、いろいろ混乱しているだろう」


 カーティスのその言葉とともに、彼の手がわたしの頬から離れた。同時に、わたしの手からもそれが離れた。





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