褒め殺しされましても……
「ええ、閣下。広報部に所属していたとはいえ、わたしも元軍人です。わが国、いえ、祖国ベイリアル王国とこのマクレイ国が戦争中であることは知っています。もっとも、いまは停戦というか休戦状態ですが。両国は、ずいぶんと前から終戦に向けての話し合いが滞ったままですよね」
「ああ。だが、それはあくまでもベイリアル王国とわがマクレイ国との間のことだ」
「はい?」
カーティスの言葉に違和感を覚えた。
「閣下。いまのだと、マクレイ国はベイリアル王国以外にも戦争をしているようなおっしゃり方ですね」
カーティスの茶色の瞳に映るわたしは、苦笑している。
「シヅ。やはり、きみはおれの予想通りのレディだ」
「はい?」
「きみは、美しいだけでなくスマートだ」
カーティスは、「スマート」という単語とともに右の人差し指で自分の眉間のあたりをトントンとした。
「美しい」と「スマート」。
カーティスは、わたしには確実に縁のないキーワードを唱えた。
しかも、ふたつも。
「もしかすると、きみはきみの夫よりキレるのではないかな?」
カーティスは、ひとりごとがおおきすぎる。
黙っていると、勝手にしゃべっている。
(わたしが大佐よりキレるですって?)
たしかに、大佐は沈着冷静でいつもポーカーフェイス。彼は、日頃から少佐をはじめとした変わり者たちを黙って見守る、という忍耐を強いられている。耐久力を鍛えられている。だから、大佐はめったにキレることはない。もしかすると、彼が真剣にキレるところを見たことがないかもしれない。
とはいえ、わたしもところかまわずしょっちゅうキレるわけではない。
プライベートでときどき、ほんとうに稀にブチぎれることはあるかもしれない。けれど、おおむねキレるようなことはなく、それどころか自分では穏やかだと信じている。
「シヅ。きみの夫は、物事をマニュアル通りにしか見たり感じたりすることができず、さらにはその通りにしか考えたり動いたりできないらしい。しかし、きみは違う。臨機応変、柔軟性がある。頭の回転がはやく、自分の目と耳で見聞きしたことにもとづいて行動できる」
(ちょっ……)
カーティスは、なぜか急にわたしのことを褒めだした。
それと、先程カーティスがわたしの方が大佐より「キレる」と言ったのは、「キレる」の意味が違ったらしい。
(それにしても、カーティスはいったいどういうつもりなの? わたしを褒めてどうしようというの?)
わたしを褒めたところで、カーティスになにかしらの利益になるとか有利になるとかはいっさいない。
わたしは、資産も特殊なスキルも持ってはいない。個人的にはなにも持っていない。
ないない尽くしのわたしを温室に連れ込んで褒め殺したところで、時間と労力のムダである。
まぁ、たしかに褒められて悪い気はしない。
正直なところ、褒められるとうれしい。
少佐のように顔さえ合わせればいわれなき誹謗中傷を叩きつけてきたり、大佐のようにエラそうに人格を否定するほどけなしてきたりするよりかは、褒められた方がよほどいいにきまっている。




