ラン、それは王家の象徴
ニューランズ伯爵家の温室のことは、よくある温室のようなおおきさを想像していた。しかし、それをはるかにうわまわるほどの大きさと立派さだった。
カーティスは、やはりここのことを熟知しているのだ。温室の簡易的なカギを開け、さっさと中に入って行った。
温室内はあたたかい。
(見事なものね)
一歩入った途端、立派さと豪華さを讃えないわけにはいかなかった。
ランの花がそれはもう見事なまでに咲き誇っているのである。
花壇の花々より色とりどりではないけれど、それでも何種類ものランがその美しさを競い合っている。
立派なのはランだけではない。
そのランを育てる設備もまた整っているようである。
ランをどのように管理しているのか、育てているのかはわからない。
しかし、すくなくともランは高価で、マクレイ国やベイリアル王国を含むこの北の地域の国々にはそうそう出回らない貴重な花であることは知っている。
わたし自身、ランを見たのは祖国ベイリアル王国の王宮だった。
国王か王妃の誕生日のパーティーか、あるいは国王即位何十周年を祝う式典で見たのが最初で最後だった。
「シヅ、見事なものだろう?」
先を歩くカーティスの足が止まった。こちらを振り返った彼のやさしい美貌には、やさしい笑みが浮かんでいる。
しかし、わたしにはその笑みには裏があると知っている。
なぜなら、自慢のうなじがざわざわし始めたからである。
自慢のうなじが警告を発し始めたのだ。
「ええ、閣下。ほんとうに見事ですね」
わざとらしくならないよう気を配りつつ、驚きの表情を作ってランを見まわした。
「見たことがあるかい?」
「はい。数年前に一度だけあります。広報部の任務で祖国の王宮に行ったときにです」
「あの式典にきみも? きみが見たランは、ベイリアル王国の国王即位三十年を祝してわが国王が贈ったランだよ。あのときは、おれが国王の使者としてランを運んだんだ」
「そうでしたか」
偶然って感じでおおきく頷いて見せた。
(で? そんなことを告白する為にわざわざここに連れてきたわけじゃないわよね?)
できれば、はやいところ用件をすませてほしい。
カーティスとふたりきりという過酷きわまりない状態から、一刻もはやく解放されたい。
「わが王家の象徴がランでね。ほら、見てごらん」
カーティスは、わたしに近づいてきながらジャケットの内ポケットを探った。
わたしのすぐ前で立ち止まったと同時に差し出されたのは、銀色に輝く懐中時計である。
そこには、王家の紋章が刻まれている。
咲き誇るランの中、ドラゴンが咆哮している紋章である。
(なぜドラゴンとランなの?)
その奇怪な紋章に抱く素朴な疑問。
わたしだけではない。だれもが抱くに違いない。
まぁどうでもいいけれど。いらないお世話だし。




