思い出のミルクティー
大佐とは、わたしが現役の頃のときと同じように王立図書館で会った。
もちろん、読書室や研究スペースで会ったわけではない。
フリースペースで会ったのだ。
そこでは、常識の範囲内での会話や水分補給は許されている。
大佐とわたしは、つなぎのほとんどをそこで行っていた。
そこでなら、周囲の状況が把握できる。つまり、怪しい奴がいればすぐに察知できる。
だからこそ、わたしたちはあえてそういう公共の場で会ったのだ。
「血みどろの森」から出て王都に行くのも、人を見るのもひさしぶりすぎる。
いまにも泣き出しそうな空の下、図書館近くの屋台でお気に入りのお茶を購入した。
そこのミルクティーは、コクがあってすごく美味しいのだ。
わたしだけではない。夫もそのミルクティーを気に入っていた。
あまりにも気に入りすぎて、店主であるおじいちゃんに使用している茶葉やミルク、それから淹れ方のコツを教えて欲しいとお願いしたことがあった。内心では、「秘伝だから」とか「門外不出」とかで断られるだろうと思いつつ。しかし、おじいちゃんはすごくいいおじいちゃんだった。夫とわたしが「いつも購入してくれているから教えてあげよう」と言って快く教えてくれた。それどころか、茶葉やミルクを分けてくれた。
さっそく、そのとき間借りしていた家の厨房で作ってみた。
わたしたちは、仕事柄定住しない。任務に従事しているいていないに関わらず、家や部屋を持たず、つねに生活の場や環境をかえていた。
それはともかく、そのとき間借りしていた家の厨房で作ったミルクティーは、残念ながらおじいちゃんのミルクティーとは違っていた。
材料やコツをきいても、おじいちゃんのようには淹れることは出来なかった。
『ミルクティーにかぎらず、なんでもそうだろうな。熟練した腕や心が重要に違いない。あのじいさんなら、たとえ違う材料を使っても最高のミルクティーを淹れるだろう』
夫は、わたしの淹れたイマイチなミルクティーを一口飲み、そう慰めてくれた。
『だが、きみの淹れたミルクティーも悪くはない。シヅ。これは、きみのオリジナルだ。これにはこれのコクがあって美味いよ』
そして、そうも言ってくれた。
それから、わたしを抱きしめ口づけしてくれた。
ミルクの甘ったるさに負けず劣らず、甘くて熱い口づけをしてくれた。
そんな思い出深いミルクティーを購入したが、店主はかわっていた。
おじいちゃんは、二年前に倒れてそのまま息を引き取ったらしい。
いまの店主は、おじいちゃんの孫息子だった。
ミルクティーは、記憶にあるコクはなかった。
夫の言う通りである。
孫息子は、おじいちゃんのすべてを踏襲しているはずである。が、やはり違っていた。
だけど、孫息子の淹れるオリジナルのミルクティーも悪くはなかった。
それはそれでコクがあって美味しいミルクティーを飲みほしてしまってから、図書館に入った。
ずっと監視されていることを鬱陶しいと思いつつ。