キュンキュンしまくり
「まあ、あなた。みなさまの前でわが子を溺愛するものではありませんわ」
エレノアは、カイルに苦言を呈した。しかし、彼女はカイルにたいして言葉ほど怒ってもいないし呆れてもいない。彼女もまた、うれしそうなそれでいて恥ずかしそうな表情を浮かべている。
またしても「キュン」ときた。
今度は、完璧に胸の痛みだ。
「愛する妻よ、すまなかった。エレノア、きみもいい子にしていたかい?」
なんと、カイルはニックを胸に抱いたままエレノアの腰にもう片方の腕をまわした。そして、そのまま彼女を抱き寄せた。
そのいきすぎた愛情表現に、またまた「キュン」ときた。
いまのは、胸の痛み半分呆れ半分の「キュン」だった。
「あなた」
いまだ床上に座ったまま大佐を見上げた。呼ばれた大佐は、わたしを見おろしている。しかも、ムダにエラそうな表情だ。
「立て」
大佐は、たったひとこと言った。いや、エラそうに命じた。
(なんなの? 超機嫌が悪くないかしら?)
大佐の心の内を読むことはできない。しかし、彼の知的な美貌に浮かぶ不機嫌さからなにかあったのだとすぐにわかった。
「将軍閣下は、おまえに話があるそうだ」
「は?」
大佐の言葉は意外すぎた。
(どうしてカーティスがわたしに? 話って、いったいなんの?)
だから大佐の機嫌が悪いのかしら?
「シヅ、ニューランズ伯爵家の自慢の温室を見せてもらおう」
「は?」
そのとき、そのカーティスが誘ってきた。それもまた、意外すぎたことはいうまでもない。
というか、強引すぎて唐突すぎて一方的すぎた。
突然、なぜか温室見学に行くことになった。
しかも、カーティスとふたりきりで、である
カーティスはわたしの手を取ろうとし、躊躇した。わたしをエスコートしようとしたのだ。
が、すぐにその手をひっこめた。
当然である。
大佐、というか夫がこの場にいるのだ。
いくら王子であり将軍であっても、人妻に馴れ馴れしくしていいわけはない。
結局、カーティスは先に立ってニックの部屋を出た。
わたしは、彼の数歩うしろをついて行く。
階段をおり、エントランスを横切る。
エントランスの大扉から出るのかと思いきや、エントランスを横切り廊下へと向かう。
その廊下の先には、食堂や居間や執務室や娯楽室がある。
居間のガラス扉から庭に出た。
(勝手知ったるって感じね)
カーティスは、迷うどころか躊躇なく庭を歩き続ける。その彼の背を見つめている。
彼の茶色の髪は、触れなくてもやわらかいことがわかる。ところどころ巻き毛になっている。
マクレイ国軍に兵士たちのほとんどが、髪を刈っている。軍隊式髪型である。
さすがに将軍ともなると刈らないらしい。
もっとも、長いわけではない。かぎりなく短めにカットしている。
彼の立派な背中から、庭へと視線を向けた。
ニューランズ伯爵家は、庭師を雇っているらしい。花壇にはさまざまな種類の花が咲き誇っている。
カーティス越しに、目的地らしき温室が見えてきた。




