「キュン」と「キュン」
(そういえば、カーティスもエレノアのことを心配していたわよね)
昨夜のことを思い出した。
(カーティスとエレノア? 王子と伯爵令嬢?)
エレノアは、ニューランズ伯爵家のひとり娘。跡取りだった。その彼女にカイルが嫁いだことになる。
(エレノアは、カイルと結婚する前にカーティスとなにかしらの関係があったとか?)
王子と伯爵令嬢なら釣り合わないというわけじゃない。
(このふたり、どういう関係なのかしらね?)
下種な興味である。
職業病もあるけれど、個人的なイヤな性格によるもの。
「エレノア、ほんとうにしあわせそうね」
そんなわたしの下種の勘繰りは別にして、とりあえずうらやましそうに言っておいた。
それにしても、彼女の作ったクッキーとミルクティーは、ある意味ハラスメントである。
そのハラスメントに負けず、どうにか一枚と一杯をコンプリートした。
成し遂げた快挙の余韻を味わいつつ、しあわせそうな彼女をうらやんでみせた。
嫌味でもやっかみでもない。
訂正。それらもある。だけど、彼女はほんとうにしあわせそうだ。だから、つい言ってしまったというのもある。
「ええ、とても。夫と子どもがいるんですもの。しあわせでないはずはないわ」
エレノアは、即答だった。なんの迷いも戸惑いもなかった。
「そう」
それしか答えられなかった。
打ちのめされた気がした。
非力な彼女に全力で殴られたみたいだった。あるいは、力いっぱい蹴られたか。
カイルに同じことを問えば、彼もきっとエレノアと同じ回答をするだろう。即座に。迷いも戸惑いもなく。
死んだはずの夫ベンは、わたし以外の妻子がいて三人で暮らしているのは、「ほんとうにしあわせだ」と答えるに違いない。
エレノアの手作りクッキーと激甘ミルクティーの想定外の不味さをのぞき、ニューランズ伯爵家でのひとときはおおむねうまくいった。
わたしが、ではない。大佐が、である。
男性陣の話が終わり、大佐の表情からそう判断した。
彼らがニックの部屋にやってきたとき、わたしたちは絵本「ドラゴンになった王子様」を見ているところだった。
毛足の長いカーペットに三人仲良く並んで座って。
というか、仲のいい母子プラス他人のわたし感は、どうしても否めないだろう。
「ニック、いい子にしていたか?」
カイルは、部屋に入ってくるなりニックに近づいた。それから、息子を抱き上げ頬ずりした。
「お父様、恥ずかしいです」
ニックは、うれしそうでいて気恥ずかしそうにプリプリのホッペを頬ずりされている。
その可愛さに「キュン」ときた。そして、同時に「キュン」と胸が痛んだ。
その理由はわかっている。
わかってはいるけれど、それを無視しようと努めてた。




