美女エレノアのクッキー
「今朝、わたしが焼いたの」
「お母様のレーズンクッキーは美味しいから大好き」
「ニック、ありがとう」
お皿の上に大人の手のひらほどある大判のクッキーが並んでいる。しかも、形が不揃い。というか、てんでばらばらの形をしている。
(ちょっ……)
エレノアの外見には似合わず、じつにワイルドな手作りクッキーである。内心で絶句してしまった。
(わたしもたいがいだけど、彼女もたいがいね)
そのあまりにもすごいギャップに、逆に感心してしまう。
「ごめんなさいね。これがわたし流のクッキーなの。でも、味は悪くないと思うわ。このレーズンクッキーは、もともと夫が大好きなの。だから、ニックも好きになったわけ」
「え、ええ。エレノア、大丈夫よ。そうよ。見てくれなんてどうでもいい。要は味さえよければそれでいいんだから」
彼女のギャップにたいしての驚きは、違うことへの驚きにかわってしまった。
カイルがレーズンクッキーが大好き、というところである。
死んだはずの夫ベンもレーズンクッキーが大好きだった。チョコチップクッキー派のわたしとは、その点では相容れなかった。いつも論争したし、なんならバトルしたこともあった。
しかし、彼の為にレーズンクッキーを作ったことがあった。
結果は、このエレノアのクッキーよりひどかったけれど。
あまりのひどさに、ベンはあらためてクッキーを作ったほどである。
しかもレーズンではなく、チョコチップ入りのを作ってくれた。
『シヅ。うん。きみのも不味くはない。これはこれで、個性的な美味さがある』
ベンは、自分が作ったチョコチップクッキーを食べる合間にわたしメイドのレーズンクッキーを食べつつ褒めてくれた。
そんなことを思い出しつつ、エレノアのいただくことにした。
(え?)
しょっぱい? からい?
想定外の味に慌ててミルクティーを飲んだ。
(ウゲッ! なにこれ?)
他国にミルクティーに大量に砂糖を入れ、その上澄みだけすするという飲み物がある。
彼女の淹れたミルクティーは、大量の砂糖を溶かした強烈な甘さがある。
というか、甘すぎて頭の芯がガツンときた。
「シヅ、どうかしら?」
「え、ええ。すごいわ」
(強烈な味のクッキーに、殺人的な甘さのミルクティー。いろいろな意味ですごいわ)
大人でやさしいわたしには、「すごい」としか伝えようがない。
「シヅ、ありがとう。安心したわ。今日のクッキーの出来具合は、正直不安だったの。カーティスたちにも持って行ったから」
「なんですって?」
叫んでから言い直した。
「それはよかったわ」
カーティスは経験があるかもしれないけれど、大佐はどんな表情でこの強烈なクッキーを頬張ったかしら?
そのときの大佐の表情を想像すると可笑しくなってくる。
そのとき、エレノアがカーティスのことを敬称で呼ばなかったことに気がついた。
彼女が「王子殿下」や「カーティス様」、と言わなかったことに。




