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「ドラゴンになった王子様」

 死んだはずの夫ベンは、わたしにある絵本を紹介してくれた。


 皮肉にも、このマクレイ国にまったく異なる任務で潜入したときのことだった。


 任務の過程で図書館に行った。そこで彼が手に取った絵本である。


 その絵本が、いまニックが手に取って胸に抱えている絵本なのだ。


「この絵本です」


 ニックは、まるでこの絵本の作家であるかのように自慢げに絵本を差し出した。


「『ドラゴンになった王子様』ね。偶然ね。わたしも大好きなの」

「ほんとうに?」


 ニックのほんとうにうれしそうな笑顔に「キュン」ときた。


 そのニックから「ドラゴンになった王子様」を受け取り、ゆっくりページをめくっていった。


(死んだはずの夫ベンが大好きだった絵本……)


 彼から「大好きな絵本だ」ときかされたとき、「大人が絵本を?」とは思わなかった。


 タイトルを見て彼らしいと思った。


 筋書きは簡単である。


 ある国に王子様がいた。あるとき、彼は自分が国王の座を継ぎたいばかりにドラゴン退治に出かけた。ドラゴンといっても、けっして人間に迷惑をかけたり、ましてや危害を加える悪いドラゴンではない。その国を災害から護っていた守護竜だ。


 が、王子様は「そのドラゴンは邪悪で強大だ」と喧伝した。その上でドラゴンのいる谷に行ったのである。


 ドラゴンは、王子様に告げた。「王子よ。わしはもう寿命がつきかけている。そのわしを退治しても手柄にはならぬぞ」と。


 しかし、王子様はきかなかった。


 ドラゴンを殺し、その首を切り落としてしまったのだ。


 王子様がドラゴンの首を天にかかげた瞬間、彼は強烈な光に包まれた。


 そしてその光がおさまったとき、王子様はドラゴンになっていた。


 それ以降、ほんとうにはてしない時間、王子様だったドラゴンは谷に閉じ込められて彼の祖国を護らねばならなかった。


 はてしない、永遠ともいえるときを……。



 この絵本の教訓は、「欲をかくとひどいめにあう」といったところかしら。


 死んだはずの夫が大好きだった絵本を、わたしはそう理解した。


「シヅ、その絵本は夫が大好きなのよ」


 エレノアの声でハッとした。


 彼女は、いつの間にか部屋を出て行っていたらしい。


 胸元にティーカップやクッキーののったトレイを抱えている。


「シヅ、ミルクティーとクッキーはいかが? ニック、あなたにはホットミルクね」

「エレノア。もちろん、どちらもいただくわ」


 クッキーを見た瞬間、二歳のニックよりはしゃいでしまった。


 ニックは母親に返事をし、大好きな絵本を本棚に戻した。それから、わたしの手を取りローテーブルへと導いた。



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