情熱の徹夜明け
『記憶喪失』
明け方まであとすこしの頃には、さすがに疲れてしまった。
四人の使用人たちもさすがに眠っているだろう。
ムダにデカい寝台の上で大佐と並んで座り、放心状態になった。
一晩中バトルを繰り広げたのである。疲れきってボーッとするのも当たり前かもしれない。
大佐もわたしもボーッとしていても気にかかることがある。
その気にかかることについて、ふたりで同時につぶやいたのがその一語だった。
「『記憶喪失』だなんて、まるで書物の筋書きですね」
「ああ、ベタな筋書きだよ。『記憶喪失』ほど都合のいい設定はないからな。おおくの作家は、アイデアに詰まったら登場人物を『記憶喪失』にしてしまう」
とはいえ、カイルのあの様子だと「記憶喪失」としか考えようがない。
もっとも、「記憶喪失」説もカイルが正真正銘わたしの夫ベンだという前提の話だけれど。それから、ベンがなにかしらの事情で「記憶喪失」を装っているのではなければ、の話だけれど。
「それで? カイル、あるいはベンがなにかしらの事情で『記憶喪失』や『記憶障害』を演じたり装っているということは除外ですね。キリがありません。そうすれば、やはり正真正銘の『記憶喪失』です。書物だと、事故で死にそうになってとか何者かに殺されそうになってかろうじて生きのびたけれど、物理的もしくは精神的なショックで記憶を失った、というのがベタなパターンですよね」
「まさしく、そのベタな筋書きに違いない」
だとすれば?
ベンの記憶を呼び起こす? 呼び覚ます?
とはいえ、いまこのタイミングで思い出したとしても、それはどうかしら?
大佐も「それはいいタイミングではないな」と判断した。
それで結局、様子をみることで話は終わった。
カイルだけのことではない。
カーティスのことなどすべてのことについて、である。
朝食後、ニューランズ伯爵家へ行く準備を始めた。
午前中に集まる予定になっていて、デリクがはやめに迎えに来てくれることになっている。
迷ったけれど、今日もクラリスに借りているドレスを着用していくことにした。
二日も続けて、と思われても仕方がない。
自分が持ってきている時代遅れの、というか大佐の実家であるマクファーレン公爵家で受け継がれてきた年代物のドレスよりかは、クラリスのドレスの方がいいにきまっている。
クラリスのドレスは、カミラとナンシーが昨夜のうちにちゃんと手入れをしてくれていた。きれいに着たつもりである。というか、汚したりシワを作らないよう気をつけたつもりである。
現役の頃、貴族婦人や貴族令嬢を装う任務は多々あった。そういうときにはドレスを着用したけれど、そういうときにかぎってなぜか厄介事とか問題が起こった。そういう問題に対処する為、ちょっとだけレディらしからぬ行動をとるか、ほんのわずかだけマナーに反したことをしてしまった。
結果、ドレスが破けたり裂けたり、あるいはだれかの血や体液にまみれたりする。
当然、昨夜のパーティではそんなことはいっさいなかった。
それでも、ちょっとしたシワやシミができてしまっていたのかもしれない。
カミラとナンシーは、それをきれいにしてくれたのだ。




