心のざわめき
『大佐。あなたこそ、寝台の上で妻を愛撫するのに軍用ナイフを使うのですか?』
かろうじて右手を伸ばし、大佐の背に手をまわした。
彼の夜着のズボンに軍用ナイフがはさまれてある。
『クソッ! この野獣妻がっ!』
『ほんとにクソですわ、陰険旦那様っ!』
わたしたちの夜は、さらに熱く激しくなり、存分に燃えまくったのだった。
結局、大佐とはまともに話し合うことはできなかった。
関節技や絞め技といった体術や格闘術をおたがいに繰り出しつつ、口の形だけで尋ねたり罵倒したり不満をぶつけたりしただけだ。
結論をいうと、大佐は夫が生きていることを知らなかった。そして、カーティス王子、いや、将軍の登場も意外だったという。
今回の任務に関する資料の中に、マクレイ国軍の将軍のひとりが王子であると記載があった。どこの国でもよくあるように、その王子は「お飾り将軍」とばかり思っていた。
しかし、カーティスは「お飾り将軍」どころか、かなりできる将軍かもしれない。将軍としてだけではない。兵士、あるいは剣士としてもそこそこの腕を持っている。
カーティスの利き手の分厚さや醜さを見ると、彼は幼い頃から剣に慣れ親しんでいることがわかる。正確には、親しみなんて生易しいものではない。彼は過酷な修行や鍛錬を積み重ね、乗り越えたのだ。
書物の中の英雄のごとく生まれついての天才剣士ではないかぎり、彼は努力に努力を重ねただろう。
剣のことだけではない。戦術や戦略にも長けているかもしれない。というか、実際長けているのだろう。さらには、政治や経済や文化や宗教まで、とにかくあらゆることに精通しているはず。
他の自堕落な王子たちとは、あきらかに違う。
というか、もはや他の王子たちと比較できないレベルだ。
だからこそ、カーティスのことがよけいに胡散臭く感じる。あのキラキラ輝く容貌の中身は、なにか得体の知れないものを感じる。
いまのところ、わたしの「うなじ」はなにかしらの目立つ予兆は示していない。
しかし、たしかにいつもとは違うことはたしかである。うなじの辺りにいつもとは違う感覚がある。
そして、心はさらにざわめいている。ざわめきすぎていて、気分が悪くなるほどに。
それがカーティスにまつわるものなのか、それとも彼の自慢の片腕にまつわるものなのか。
残念ながら、いまはっきりとはわからない。
しかし、おそらくそれは、カーティスの片腕カイル・ニューランズ伯爵にまつわるもの。
自慢のうなじは、カイル、いいや、死んだはずの夫ベンのことでざわめいている気がする。




