他人も自分も信じるな
少佐は、わたしを「ほんとうのレディ」扱いをしてくれない。もっとも、そう扱ってはくれないのは彼だけではないのだけれど。
夫以外、だれもわたしを「ほんとうのレディ」と扱ってはくれなかった。
つまり、夫以外のだれもがわたしを男みたいに扱っていた。
しかし、わたしはそれでもよかった。というか、それで満足していた。
この世界で生きる以上、わたし自身男にならなければならなかった。任務上、レディでなければならないとき以外は、男以上に男になりきっていた面は否めない。
男に認めてもらうには、男以上でなければならない。「レディ」では、どうしても認めてもらえないのだから。それどころか、即否定されてしまう。
「レディだから」という理由だけで、あらゆるものを奪われてしまうのだ。
もっとも、この世界で認めてもらうには、男でさえ難しいのだけれど。
「勝手に笑っていればいいですよ。おれよりも、正直なところこんな不毛なやり取りはやめたいのですがね。用件をはやく言ってもらえませんか?」
「わかったわかった。任務だ」
「はい? 任務? わたしに、ですか?」
「おまえしかいないだろう? レディの方がいい案件らしい」
「はぁぁぁぁ? だとしても、引退したわたしにその案件を振るのはおかしいですよ。他のレディにやらせればいいでしょう?」
他にレディがいないことを知っている。それでもそう言ってみた。
もしかすると、この三年の間にレディを抜擢して養成したのかもしれないから。
「少佐。ついいましがた、あなた自身『レディだって?』と、わたしがレディであることを否定しましたよね? そんなわたしに振るのは……」
「おまえは、引退していない」
「はい? あのですね、たしかに退役を申請し、それが許可されました。だから、引退したわけです。引退する際、『三年から五年の間、あるいは戦争が完全に終結するまでは、この森で謹慎していろ。それが、引退の条件だ』と言われ、それをのんだのです」
「おまえ、そんなことを信じていたのか? 大佐が揉み消したにきまっているだろう? 大佐は、退役の申請書をビリビリに破き捨て、ゴミ箱にポイしたはずだ。おまえが大佐の部屋から出て行ったすぐあとにな」
「はいいいいいいい?」
ある意味では、夫の死を聞かされたときより衝撃を受けた。
夫の死は、それがたとえどれだけ低い確率だとしても誤報の可能性がある。
しかし、退役届をビリビリに破き捨てられたというのは、確実なことである。
あの大佐なら、ぜったいにしそうだから。いや、ぜったいにやったと断言出来る。
いまさら、大佐がそういうことをする「下種野郎」だということにいまさら思いいたるとは……。そういうことをやってもおかしくないということを、まったく考えも推測もしなかったとは……。
『信じるな』
それが、わたしたちの基本。
けっして信じてはいけない。
他人のことを信じてはいけない。血を分けていようと、心の友や師であっても、けっして信じてはいけないのだ。
いいや。他のだれかだけではない。自分自身でさえも信じてはいけない。
そう。わたしたちは、なにも信じてはならない。
信じないようにしなければならないのだ。
とはいえ、まさか退役届がそんなことになっているなどとは、神だってビックリするだろう。
「というわけだ。まっ、あとのことは大佐に聞け」
少佐は、大笑いし始めた。
わたしの平穏な生活は終わりを告げた。
というか、この三年におよぶ隠遁生活は、まったくもってムダだったわけだ。