美しいってだれが? うそっ、わたしが?
「シヅ。あなたにお付き合いただけたら、妻もすこしは気が紛れるでしょう」
カイルの言葉にドキッとした。
他のレディのことを、いいや、わたし以外の妻のことを、死んだはずの夫に似た彼の口から聞きたくない。
彼に語ってほしくない。
「それでは、よろこんでおうかがいさせていただきます」
心の中のあらゆる感情に流されそうになりながらも、かろうじてそう答えた。
それから、カーティスの前から辞そうとした。
違う。死んだはずの夫に似たカイルから逃げだそうとした。
「シヅ、会えてよかった。きみは、デリクから聞いていた以上に美しい人だ」
そのわたしの背中に、カーティスの言葉があたった。
心底驚いた。
「美しい」、という言葉にたいしてである。
そのお蔭で、死んだはずの夫のことから意識を背けることができた。
(カーティス、いくらなんでもおだてすぎよ)
というよりか、王子であり将軍である彼が、他国からの亡命者にたいして媚びを売ったり、おべんちゃらを並べ立てたりする必要などまったくない。
「まあっ! あなた、聞きました? あなたも閣下のように嘘でも『美しい』とささやいてくれたら、日に一度は頬に口づけのひとつもしますのに」
死んだはずの夫以外の男性から「美しい」なんて言われたことはなかったから。初めてのことだったから。
だから、どうリアクションを取っていいのかわからなかった。というわけで、冗談でやりすごすことにした。
「そうだな、愛する妻よ。きみは、美しい? そうかな? そんな気がしないでもないかな?」
大佐は、すぐにわたしの意図に気がついた。彼もまた、冗談でやり返してきた。
冗談だとしたら、ちょっとムカつくけど。
しかも、全力で疑問形にしていた。
「いや。シヅ、おれはこういうことは嘘をついたり社交辞令を言ったりはしないのだが」
カーティスがなにか言ったけれど、わたし自身の笑い声がおおきすぎてよく聞えなかった。
客殿の廊下は、静まり返っている。だれもいなくても、夜はきちんと灯りが灯されている。
とはいえ、上部の窓から月光が射しこんでいて、廊下全体が眩しいほどの光に満ちている。
クラリスとエレノアのいるティールームは、すぐ近くだった。彼女たちは、わたしたちの終るタイミングをわかっていたかのように、ティールームの前で待っていた。
「あなた」
エレノアがカイルに微笑んだ。
月光の中、彼女の美しくも可愛い笑みは、どこかはかなさも感じられた。
「今夜はもう帰っていいそうだ。おれたちの王子様の寝顔がはやく見たい。急いで帰ろう」
「まあ、あなた。みなさんの前で失礼ですよ」
カイルの言葉に、エレノアはたしなめた。
とはいえ、彼女は言葉ほどカイルにたいして腹を立てているように見えない。




