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差し出された手

 しかし、死んだはずの元夫の反応はごく自然である。


 彼は、大佐はもちろんのことわたしを見てさえ眉ひとつ動かさなかった。わたし自身に余裕がないので断言はできないが、おおきな感情の起伏もなかった。驚きや動揺や困惑といった、わたし自身が抱いている心の内を、彼には感じることができなかった。


「失礼しました。ニューランズ伯爵が、故郷にいる友人にあまりにも似ているもので驚いてしっまたのです。シヅ、どうだい? ニューランズ伯爵は、彼にとてもよく似ていると思わないか?」


 大佐に問われた内容は、余裕のないわたしの耳にギリギリで入ってきた。


(ナイス、大佐)


 いまだけは、大佐のその機転に「いいね」と心の中で称讃せずにはいられない。


「え、ええ、あなた。あまりにも彼に似ているので、パーティーでも驚いてしまったのです。もしかして、彼がわたしたちを追いかけてきたのかしらとさえ考えたほどです」


 表向きは夫である大佐にたいし、「あなた」と呼ぶところを特に強調した。


 死んだはずの夫であれば、わたしが大佐を「あなた」と呼ぶのになにかしらの反応を示すかもしれない。


「なんだって? こんな性格のひねくれた男が、ベイリアル王国にもいるのか」

「閣下っ!」

「冗談だ、カイル。彼のようなワイルドな美貌が他にもいるのだな」


 カーティスは、驚いたようだ。いや。もしかすると、驚いたふりをしたのかもしれない。


 しかし、いまのカーティスの驚き方はごく自然だった。すくなくとも、わたしにはそう感じられた。 


「おふたりの大切な方と似ているとは、光栄ですね」


 死んだはずの夫、いや、カイルは、大佐と握手を交わした。それから、わたしへ手を差し出した。


 その右手に目を落とした。


(間違いない。彼は……)


 死んだはずの夫の手は、お世辞にもきれいとはいえない。わたしもだけれど、彼の手も剣やナイフの鍛錬で節くれだっている。手は分厚くなり、皮膚はガサガサで切り傷が多い。とくに死んだはずの夫の手は、だれよりもひどかった。わたしもたいがいひどいけれど、彼の手はさらにひどかった。


 しかし、わたしはそんな彼の手が大好きだった。


 それこそ、どこに古傷があってどこの皮膚が厚くなっていて、タコがかたまってしまっていて、と彼の手のすべてを把握しているくらい大好きだった。


 もちろん、手だけではない。彼の顔も体も、とにかくすべてを把握していた。すべてを愛していた。


 そしていま、眼下に差し出された手は、間違いなくその大好きだった手だ。


 その大好きだった手に体中を撫でられた。いい子いい子してもらった。ときには、「メッ」とされた。


 なにより、愛された。体中をくまなく愛撫された。


 どれだけイカされたかわからないくらい愛された。


 間違いない。


 カイル・ニューランズ伯爵は、死んだはずの夫ベンジャミン・ジェファーソンだ。


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