シヅ、素敵よ
「シヅ、とても素敵よ。わたしの想像通りだわ。そのドレスの色は、シヅの髪と瞳にピッタリですもの」
クラリスは、気遣い抜群だ。それに、褒め方がうまい。
とはいえ、彼女に心にもないことを言わせてしまった。
気の毒である。
準備に時間がかかってしまった。お喋りもそこそこにクラリスとともにエントランスに向った。
わたしは、男性に負けない運動神経の持ち主である。しかし、踵の高い靴は大の苦手である。しかも、クラリスの靴は若干おおきい。爪先に布を仕込まねばならなかった。
まるで歩きたての幼児のように、ヨチヨチ歩きしか出来ない。
クラリスに手を貸してもらい、大階段をエントランスへ降りて行った。
デリクと大佐は、エントランスで立ち話をしている。
ふたりとも正装がよく似合っている。
大佐の性格はともかく、彼はどのような恰好をしてもサマになる。つまり、さらに渋カッコよさが増す。
「お待たせしました」
大階段を降りながら、クラリスがふたりに声をかけた。
彼女は、わたしの手を取ってくれている。
足許に注意を払い、一歩一歩慎重にならざるをえない。
とはいえ、階段を降りているとしだいに慣れてきた。
階段下のふたりのタキシードが視界の隅に映ったので、足許からそちらへ視線を移した。
(なんてこと。いくらなんでも、あんな表情しなくてもいいじゃない)
こちらを見ているデリクと大佐は、あきらかに呆れ返っている表情を浮かべているのだ。
大佐などは、書物の表現のごとく口をあんぐり開けている。つねにポーカーフェイスの彼が、全力で嫌悪感を示しているのだ。
ショックだった。ガラスのハートにヒビが入った。
(それにしてもひどすぎるわ。いくらわたしの恰好が残念すぎるとはいえ、あれが妻にたいする表情?)
大佐への怒りとともに、自分自身が情けなくなってくる。
(もしも死んだ夫なら、どんな表情をしたかしら?)
とはいえ、夫に見られなくてよかった、と心から思う。
階段を降りきると、彼らがなにか言いかけた。
しかし、なにも言わせなかった。
無言で睨みつけ、圧をかけて口を封じたのである。
男性陣の誹謗中傷や嫌味を回避し、ブラックストン公爵家の馬車は一路宮殿へと向かった。




